カウンセリング

【カウンセリング学習】聞かせていただけた!ということ

今回の記事は、カウンセリング学習において、「相手のところを聞かせていただけた!」と私が感じるときはどんな時なのかと言うことを書いていこうと思います。

カウンセリングの学習は、相手の問題を解決してあげるための能力を身につける学習ではありません。

どこまでも、相手の言葉の相(すがた)に聞かせていただける身になるための学習です。

先生には、「‟相手を聞かせていただけた!”なんて言う、カウンセラーは危ないよ」と、釘を刺されることが多いのですが、私の率直な体験を書いてみようと思います。

興味のある方は読んでみてください。

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【聞かせていただけた!と思えるとき】そう、そう、そうなんです!

私は、相手に聞かせてもらった言葉の相(すがた)をこちらの声にして伝えたとき、相手から「そう、そう、そうなんです!」という声が聞こえたとき、聞かせていただけた!と感じます。

こちらの聞いた言葉の相(すがた)が相手にとってピッタリした相(すがた)だったのだと確認でき、聞かせていただけた!と感じるのです。

逆に、こちらが声にした言葉を聞いて、相手がピタッと止まってしまったり、「うーん」と唸ってしまったら、私が相手の言葉の相(すがた)を聞き違ったり、聞き落としてしまっていることを疑います。

そういうときは、こちらの記憶をいくら探しても、正しい言葉の相(すがた)は見つかりません。

相手にピッタリする言葉は、いつだって、相手に確認するしかないのです。

そう、そう、そうなんです!ってならないとき

相手に聞かせてもらった言葉を届けたとき、自分の感覚では、かなりそのままの言葉の相(すがた)を届けているという自信があっても、相手が「うーん」とか、「違う・・・」など、こちらが届けた言葉に否定的な反応をすることがあります。

この相手の動きには3つの可能性があります。

1、単純な聞き違い、聞き落とし

単純にこちらが、相手の言葉の相(すがた)を聞き違い、聞き落としていることを自覚できていないというケース。

どれほど自信があっても、聞き間違い、聞き落としが起こっていることはあります。

言葉の相(すがた)を純粋に聞くということが、どれだけ難しいこと、そして、それができていないことを自覚することが、どれだけ難しいことか。

これを体験的に理解することはなかなかに難しいことのようです。

自分の聞き違い、聞き落としを常に想定し、すぐに相手に確認できるような態度を身につけられるかどうかは大事なところのように思います。

2、相手の聞き違い、聞き落とし

2つ目は、こちらが伝えようとして声にした言葉の相(すがた)が、相手に正確に伝わらないことがあるということです。

相手が、こちらが声にして届けた言葉の相(すがた)を聞き違ったり、聞き落としたりすることがあるということですね。

相手の言葉の相(すがた)をただ、届けようとして声にしたところ、真逆の意味の言葉が相手に伝わって面接の展開に大きくブレーキがかかってしまうときすらあります。

こうならないためにも、言葉の相(すがた)を届けるときには、はっきりと大きな声で伝える必要があります。

こちらが届けていても、相手に届いていなければ、届けていないのと同じなのです。

3、不一致

最後は、相手に言葉の相(すがた)が正確に届いているにも関わらず、その言葉の相(すがた)が相手の身に添わなかったため、否定したというケースです。

これはつまり、直前に相手が語った相手自身の言葉の相(すがた)が、相手自身に添っていなかったということですね。

このあたりのやりとりはとても大事なところです。

「えっ!?さっき、確かにこう言いましたよね?」

なんて、食い下がっている場合ではありません。

1つ前の言葉の相(すがた)が、今のその人に添わなかったことがはっきりしたのであれば、次にその人から聞こえる言葉は、今のその人に、より、添う言葉の相(すがた)である可能性が高いです。

聞き手は、そこに大注目すべきです。

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【聞かせていただけた!と思えるとき】相手が自由を感じるとき

相手に聞かせていただいた言葉の相(すがた)を届ける、というやりとり。

これをやっていると多くの人が、

「自由を感じました。」

「贅沢な時間でした。」

「初めてひとりになれた気がしました。」

という感想をくれます。

こちらが相手の言葉の相(すがた)に寄り添い、相手の感情を受け止めようとしているとき、相手はとても自由を感じるようです。

どんな言葉の相(すがた)になることも赦される時間。

そこには評価的な、一般的な、常識的な観点のやりとりは必要ありません。

ただ、今、その言葉の相(すがた)が、語り手にとってどうか、というところに観点がおかれてやりとりが行われます。

そのやりとりの最中、語り手は、とても自由を感じられるようです。

そのやりとりの中では、その人自身になること、よりその人らしくなることが赦され、望まれているのです。

そのような雰囲気を感じることができると、人は自由を感じるようです。

だから、私は聞かせていただくという関りの中で、自由になっている相手を感じるとき聞かせていただけた!と思えるのです。

私は私との関りで、その人がより自分らしく、ありのままのその人の言葉の相(すがた)に出会っていけることを心の底から願っています。

それを目一杯助けてくれるのが、その人の声にした言葉の相(すがた)なのだと、私は実感しています。

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【聞かせていただけた!と思えるとき】聞いてもらえたという体験の正体

とにかく、ただ、相手の言葉を正確に繰り返していればよい。

カウンセリングの学習過程では、そういう理解に留まってしまう時期もあるかもしれません。

しかし、こういう理解のカウンセラーの態度では、聞いてもらった感じがしないという人もいるのです。

聞いてもらえたという感覚の正体、言えたという感覚の正体は?

関わってもらう中で、今の自分の身に添う言葉が言えて、ホッとしたという感覚。

これは実際に体験してみると、本当にスッキリするのです。

ホッとするのです。

落ち着けるのです。

私は語り手がこの体験ができることを目指しているので、ただ聞かせてもらった言葉の相(すがた)を届けるだけでなく、相手の声にした言葉の相(すがた)が、相手の身に添っていないと感じられるとき、相手の身に添うような言葉が聞こえるような質問をします。

私は、語り手の身に迫るような質問をする。

私が相手の身に迫るような質問ができ、その結果、相手は自分の身に添う言葉を言うことができて、ホッとすることができた。

私にそう感じられた時に、私もホッとでき聞かせていただけた!と感じるのです。

どうすれば、相手の身に迫るような質問ができるのか?

それは常日頃から、私が、自分自身の身に迫ることができている自分自身の身に添う言葉の相(すがた)を求め続けていくことができているということにかかっているようです。

それはつまり、純粋であるということです。

自分の身に添う言葉の相(すがた)をいつも求めることができていれば、相手の身に添う言葉の相(すがた)にも、相手の身に添わない言葉の相(すがた)にも、敏感に反応できるようになるようです。

【聞かせていただけた!と思えるとき】言い換えによる明確化

私は、相手の言葉の相(すがた)を聞かせていただきながら、より明確な言葉に、こちらの言葉の相(すがた)で言い換えてみることもあります。

それによって、相手は「そうなんです!」「ピッタリしました!」と非常に鮮やかに喜びを現わしてくれるときがあります。

そんなとき、私は、驚きとともに、聞かせていただけた!と感じます。

【聞かせていただけた!と思えるとき】相手の探索を手伝う

相手は、自分を語っていく中で、壁にぶち当たってしまうことがあります。

自分を明らかにしていくことが困難になり、先に進めなくなってしまうことがあるんですね。

そんなときは、こちらが聞かせてもらって、こちらに残っている言葉の相(すがた)をあらためて伝えてみます。

相手はその言葉の相(すがた)の力によってまた進めるようになることもあります。

また、聞かせてもらっていたところで、「こうじゃないでしょうか?」という、私の仮説を伝えてみることもあります。

しかし、この、私の仮説を伝えるという行為は慎重に行わなくてはなりません。

私の仮説に対して、「そうです!」と、不明瞭だった自分のところが明らかになって、より語っていけるようになったり、「いや、そうではなくて…」と、その仮説に触発をうけて、自分のところをまた語り出してくれれば良いのですが、そうかもしれませんね…と曖昧に、こちらの言葉を飲み込んでしまうことがあるのです。

これは、相手の身に添う言葉から離れるような動きです。

こちらの仮説を伝えるときは、相手が微妙な言葉の相(すがた)の違い、それが自分の身に添うかどうかを、遠慮なく訂正、主張できる関係に到達しているかどうかがとても大事であると思います。

この私の仮説を伝えるという行為は、聞かせていただけた!という体験につながることは少ないです。

ただ、今、壁にぶち当たっている相手の次のところを聞かせてもらうきっかけにはなるかもしれない、という感覚ですね。

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【聞かせていただけた!と思えるとき】おわりに

いかがだったでしょうか。

カウンセリングの学習において、私が、聞かせていただけた!と感じられるところを書いてみました。

冒頭にも書きましたが、私の先生は、「聞かせていただけた!」という言葉に対して敏感に反応します。

まず1つ、聞き手側がいくら「聞かせていただけた!」と満足していても、肝心の相手が「聞いてもらえた」と感じていなければ、何も意味がないということ。

この2つの世界は、はっきりと別であるということを厳しく自覚しなさいという教えです。

「とにかく、とにかく、相手にとってどうであるか、ですよ。」

これが、先生の魂の叫びなのです。

そして、もう1つ、相手は1秒ごとに変化するということ。

今、私が「聞かせてもらえた!」となっているところ、すでに相手のところでは変わっていっている。

この感覚が、相手を聞き続けていく、相手に添い続けていくのに、とても大事なところだよ、という教えです。

「あなたのことは、もう理解しました。」

理解の完成を告げる言葉は、「理解してもらえている」という感覚を遠ざけます。

あなたのわかり方で、勝手にわからないで!

そう、叫びたくなった経験が、誰しもあるのではないでしょうか。

 

 

さて、大分、カウンセリング学習者よりの記事になってしまいました。

ここに書かれているどこか、なにかの言葉の相(すがた)が、あなたの心に引っかかることをほのかに期待しています。

 

カウンセラー 黒田明彦

 

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