カウンセリング

【話すのが苦手な人へ】言葉を声にするということのもう一つの目的

今回の記事は、言葉を声にするということについて書いてみたいと思います。

人が言葉を声にするのは、言葉を共通の記号として扱うことで、意思疎通をはかり、一人ではできないことを協力して行うためですよね。

しかし実は、人が言葉を声にすることには、もう一つの大きな目的があるのです。

ただ、その目的は、科学の発展と共に、忘れ去られそうになっているようです。

言葉を記号として使って、他者と意思疎通をするのが苦手な人は、このもう一つの目的を理解することで、もう少し意欲的に、もう少しリラックスして言葉を声にするということに取り組めるようになるかもしれません。

興味のある人は読んでみてください。

カウンセリング学習記事の案内所 お陰様で、黒田明彦のカウンセリング学習記事も増えてきましたので、どんな記事があるかを一度に見れるようにまとめた記事を作成いたしま...

【話すのが苦手な人へ】言葉を声にする目的

今日こんなことがあってさ…。

こんなふうに、誰かに自分のことを聞いてもらいたいときってありますよね。

こんなことがあって、こんな風に思って、こんな感じがしたんだ…。

私はこう思ったんだ。だから私はこうしたんだ。

自分を言葉にして、声にして、誰かに聞いてもらいたい。

だけど、自分の個人的なことであれば、個人的なことであるほど、他人に満足に聞いてもらえたことって少なくないでしょうか?

だから、誰かに向かって言葉を声にするときは、できるだけ共通の話題を探そうとする。

できるだけ、他人と一緒に楽しめる話題を探す。

それが、一般的に好ましいとされる言葉を声に出す方法です。

一方で言えないままの個人的な言いたい」は、引っ込んでしまう。

言わないほうがいい。

言わないほうが安全。

言わないほうが面倒がない。

言ってもしょうがない。

言っても意味がない。

言っても何も変わらない。

言葉を声にする正しい目的が、相手との交流だけだと思っていると、こういう思考になってしまうのも自然だと思います。

もう一つの目的

言葉を声にすることには、もう一つ大事な目的があります。

それは、自分の身体に添う言葉に出会う、という目的です。

自分の身体に添う言葉に出会おうとして、私たちは、言葉を声にしたがっているのです。

自分の身体に添う言葉に出会うことができると、人は心底ホッとします。

自分らしくなるとか、自分に安心するということは、自分の身体に添った言葉に出会えているということなのです。

【話すのが苦手な人へ】思う世界と、声になった世界は違う

思う世界と、声になった世界は違う。

これは、私がカウンセリング学習の初期の頃に先生に聞かせてもらった言葉です。

私たちは、言葉を声にするとき、頭で思ったことを言っていると当たり前のように思い込んでいると、先生は言うのです。

考えてからものを言いなさい、まとめてから話しなさいという教育は真逆だと先生は言いました。

言ってみてから考えなさい、言いながら考えなさい。

これが自然に言葉が声になっていく身体になるための教えなんだと、先生は言ったのです。

どうも先生が言うには、私たちの言葉が声になっているときは、頭で思ったことを言えているわけではない、ということなのです。

思う世界と声になる世界は別。

思っている通りに声にはならない。

だから、思うよりも先に、声にすることから始めよう。

そのほうが、私の身体に添う言葉に出会いやすいから。

この教えは、先生の叫びのように私には響きました。

言葉を声に出すということ

私には、思うだけなら、思うだけなりの言葉が届き、声にすれば、声にしたなりの言葉が届いてくるようです。

言葉のはこばれようというのは、それほどに微妙で深淵です。

【カウンセリング学習】言葉はどこからか私のもとにやってくる 今回の記事は、言葉の不思議さについて書いてみようと思います。 言葉は、どこからか私のもとにやってきて、私に私を教えてくれま...

声に出す

声帯を震わせ、空気に触れ、鼓膜を震わせる。

声(音)になった言葉は、ただ頭の中に漂っているだけの言葉よりも、それが自分の身体に添うかどうかがわかりやすいようです。

人間は、自分の身体に添う言葉に出会えた時に、リラックスし、安心できます。

自分というものをより、確かに感じられるからです。

思うだけの言葉に、はこばれていくよりも、声になった言葉に、はこばれていくほうが、身体に添う言葉と出会いやすいのであれば、とにかく声にしてみることから始めたほうが合理的ですよね。

声に出すと世界が変わる

「私は生きていたくない。」

そんな言葉が頭の中に駆け巡っていたとします。

思うだけの世界で生まれる言葉は、思うだけの世界なりの展開をします

もしその、思うだけの世界での言葉の展開があなたにとって苦しいものなら、とにかく言葉を声に出してみてください。

声になった世界で生まれる言葉は、声になった世界なりの展開をします

思うだけの世界と、声になった世界は全く違うのです。

世界は確かに変わるのです。

【話すのが苦手な人へ】思わずに話すことはこわい?

思わずに、考えずに、とにかく言葉を声に出してみる、ということを意識してやってみるのは、こわいと感じる人もいるかもしれません。

自分からどんな言葉が生まれてくるかわからない。

確かにそういう不気味なこわさはあるかもしれません。

しかし、思わずに話をしていても、ちゃんと自分の言葉が聞こえているなら、すぐにその場で、自分で、自分に添うように修正していくことができるのです。

これが、思わず語りのミソで、頭で思っているだけのときよりも、どんどん言葉が身体に添っていき、自分が整っていくのを実感できます。

自分の声で聞こえる言葉を自分の身に添うように修正することで、落ち着いていく。

これは、人間にとってとても自然な姿なようです。

【話すのが苦手な人へ】なぜ思わずに話せなくなっていくのか

それは、人は、社会から、いつだって正しい答えを言うことを要求されるからです。

自分の中にないものを考え、ただ、他人に添う言葉を求められることが当たり前のようにあるということです。

正しい答えがすでに、私の身体の外に用意されていて、その用意されている答えに、頭の中だけでたどり着いて、それを言えるかどうかで評価が決まってしまうということです。

私にしてみれば、それは、まだ見えてもいないほど遠くにある目的地に、歩くことなく、その場からジャンプしてたどり着きなさいと言われているようなものでした。

そんなこと上手にできるわけがありません。

だから、私は誰かが用意した答えを必死に暗記するしか手がなかったんです。

それは、思わず、考えず話すなんてことが、赦されるはずのない世界での学習であり、それが、意味を感じない、つまらないものであっても、それこそが私にとって正しい学習となっていました。

私は、求められるままに正しい答えを言おうとするあまり、思わず、考えずに話すという自然な行為、そして、私の言葉そのものを失ってしまっていたのでした。

答えは私の身体が知っている

私の答え、目的地、それは、私の身体に添う言葉に出会い、ホッとすることです。

私の身体に添う言葉は、私の外の誰かによって決められるものではありません。

それは、私の身体だけが知っているものなのです。

【話すのが苦手な人へ】身体に添う言葉にたどりつく方法

自分の身体に添う言葉にたどりつくことは、

  1. 誰かに、自分の声にした言葉の相(すがた)を聞いてもらう
  2. 誰かに向かって、とにかく言葉を声にする
  3. 一人でとにかく言葉を声にしてみる(一人言)
  4. 文字で書き記す
  5. 頭の中だけで考える

この順番で難しくなっていきます。

①誰かに、自分の声にした言葉の相(すがた)を聞いてもらう

自分の身体に添う言葉に出会っていくのに一番良い方法は、誰かに自分の言葉の相(すがた)を聞いてもらい、それをそのままの相(すがた)で届けてもらうということです。

私が、相手に向かって言葉を声に出して語る。

すると、相手は、聞こえた私の言葉の相(すがた)をそのまま相手の声にして私に聞かせてくれる。

私は、そのとき、その言葉が自分自身で声にしたときよりも、自分の身体に添うかどうかをはっきり感じることができる。

どうも言葉というのは、他人の声になっているときの方が、私に聞こえやすい(認識しやすい)ようですね。

しかし、日常多くの場合では、相手に向かって言葉を声に出しても、相手がその言葉の相(すがた)をそのまま私に聞かせてくれることはないでしょう。

だから、自分の身体に添う言葉が聞きたいのに聞こえなくて、つらい、苦しい

こういうときはカウンセリングサービスを使うのが合理的です。

ちゃんと自分の声にした言葉の相(すがた)をそのままに、聞かせてくれるカウンセラーを選びましょう。

問題なのは、そもそも自分の身体に添う言葉が聞きたいという欲求があることを自覚することが難しいということですね。

②誰かに向かって、とにかく言葉を声にしてみる

たとえば相手が、こちらの声にした言葉の相(すがた)をそのままに聞かせてくれなくても、とにかく、誰かに向かって言葉を声にすることができれば、自分の身体に添う言葉にたどりつく確率は上がります。

要は、自分の声にした言葉が、自分に聞こえればいいのです。

ただ、多くの場合はすぐに、相手の言葉が聞こえてくるでしょうから、自分の言葉を聞いて、じっくり味わうことは難しいかもしれません。

とはいえ、自分にはっきり聞こえるようなボリュームで言葉を声にするには、発する方向に相手がいたほうが自然ですよね。

相手との言葉の交通渋滞のやり取りの中でも、よりはっきりと、自分の身体に添う言葉が聞こえることもあるかもしれません。

どんな形であれ、自分の言葉を声に出しやすくしてくれる対象がいることはありがたいことなのです。

③一人でとにかく言葉を声にしてみる(一人言)

相手がいなくても、一人でとにかく声に出してみることも、声になっている世界での展開にはなります。思うだけの世界よりは、身体に添う言葉が聞こえやすいかもしれませんね。

少し、ズレますが、本当に孤独な環境に身を置いたとき、一人言をしっかりと声に出せるかどうかが、精神のバランスを保つのに大事であるという話を聞いたことがあります。

大事なのは自分の身体に自分の言葉を声にして、聞かせること、そのものなのでしょう。

それは、自分の存在を確かめる行為そのものなのかもしれません。

④文字で書き記す

文字を書くことでも、いろいろと聞こえてくることはあるでしょう。

ただ、それは、文字になる世界なりの展開を見せます

それは、声になる世界とも、頭だけで考える世界とも別の世界です。

文字になる言葉は、声になっているときよりも、虚ろなままで姿になります。

文字になった言葉が、自分の身体に添っているかどうかをはっきりさせるためには、書くだけでなく、書いた文字をしっかりと自分で読むことが大事です。

自分でしっかりと読み、より自分の身体に添う形に書き換えていくことが大事なのです。

ちなみに私の場合、文字を書くときは、ポールペンを使ってノートに書くときと、パソコンでワードで書くとき、また、スマホで文字を打ち込むときで、全部書ける内容が違います

私の場合は、ボールペンでノートに文字を書くときの方が自由に文字が走ります。

だから、より身に迫ることを書きたい場合は、ボールペンでノートに書きなぐり、その後、じっくりと整えるようにしています。

機械だけを使って文字を記すことに慣れてしまった人は、一度試してみても面白いかもしれませんよ。

⑤頭の中だけで考える

これが一番、自分の身体に添う言葉に出会うことが難しい取り組みです。

頭の中だけで考えていることは、まだ、自分のところとして、決まっていないところ。

まだ、責任の取りようがないところと理解しておいたほうが良いかもしれません。

自分というのは、声になりながら、その場で修正されながら、決まっていくものであると、理解してしまったほうが、無駄に悩まなくてすむように思うのです。

仏教思想でいうところの、「空」という考え方にも通ずるものがあるかもしれませんが、思うだけの世界と、少しずつお別れしていくことが、健全に生きるためには必要なのかもしれませんね。

【話すのが苦手な人へ】おわりに

いかがだったでしょうか。

人間が言葉を声にするもう一つの目的は、自分の身体に添う言葉に出会って、ホッとするためであるということを書いてみました。

 

私は、生きています。

生きていると、いろんな言葉がやってきます。

私は、言いたいのです。

それはつまり、私自身にどこからか届いてくる言葉を聞きたいのです。

そうやって自分になっていきたい。

そうやって落ち着いていきたい。

 

言葉は、いつだって、私を落ち着けるために、私のためだけに向かってやってきてくれる。

そんな出来事が、人間の数だけ起こっているようです。

 

言いたい!

 

自分の言葉を聞きたい!

 

この人間の欲求がもっと当たり前になって、もっとみんなが意識的に求められる世の中になれば、きっと、もっと、私だけではなく、皆が生きやすくなるだろうなと思うのです。

 

あなただけに届いてきてくれている言葉。

一緒に大事にしませんか。

 

カウンセラー 黒田明彦

 

カウンセリングを受けた方が良い人の17の特徴 今回の記事は、カウンセリングを受けた方が良い人はどんな特徴を持った人なのかということを書いていこうと思います。 カウンセリ...
カウンセリング体験をしてみませんか準備中...
問い合わせ・質問フォーム不明な点、不安な点、質問がある場合は、こちらから遠慮なくお問い合わせください。 問い合わせ、質問お待ちしています。 カウンセ...