カウンセリング

うつ症状とエネルギーの滞り、その克服。

今朝、なぜかふと、昔のことを思い出しましたので、少し書いてみようと思います。

10代の頃、うつ的な症状を抱えていた私。

カウンセリング学習に出会い、それらがほとんど綺麗になくなった私。

エネルギーの源泉から長らく離れてしまったが、やっとまたふれられるようになった私。

興味のある方は読んでみてください。

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【うつ症状とエネルギーの滞り、その克服】10代の頃のうつ症状

私は、思春期の頃、家族関係、主に母との関係から強いストレスを感じていました。

今思うと、私の母との関係の中での苦しみ・悲しみの核は、母という宇宙から、ちぎれて離れ離れになってしまったこと、そのものだったようです。

10代の少年にそんな深い気づきができるはずもなく、私は、強烈な不足感を抱えながら、精神的に不調な母に対し、元には戻らない何かを強烈に求めていました。

何を求め、何が苦しいのかもわからないまま、強烈に悲しみのエネルギーが生まれ続け、滞っていきました。

とにかく強烈な空虚感、不足感。

私は母と1つの存在だった。

思春期以降、急に2つにちぎれてしまったことで失ってしまった半身。

私はそれを恋愛によって埋めようとするかのような動きを繰り返します。

しかし、自分が欲しているものがわからないままの動きであるので、なかなかうまくいきません。

私にとって恋愛は、上手くいこうが、いくまいが、傷つき、傷つけることの連続でした。

喪失感と劣等感のダブルパンチ

また、思春期を境に、同年代の男性との間に、どんどん体格差が生まれ、置いていかれる感じがしていました。

今まで同等以上に感じていた存在、精神的に優位を感じていた相手に、グングン追い抜かれていく感じ…。

私にはどうしようもない、強烈な劣等感が生まれていきました。

同年代の男性への強烈な劣等感から、背伸びをするような行動も多くなり、自分の発言、行動と、ありのままの体感が遠くなってしまっているような感覚をうっすらと感じていました。

うつ的症状が出始める

失った半身、滞る強烈な悲しみ、強烈な劣等感、遠くなる体感、10代後半の私は、それらが原因か、うつ的な症状が出始めていました。

元気が出ないというレベルではなく、どんどん、どんどん気が小さくなっていって、視野が狭窄していく感じ。

なんだか自分が消えいってしまうような感覚です。

ストレスにまみれ、憂鬱な気分に支配されている時間はどんどん長くなり、そのような急性的な身体感覚に関わるような症状までポツポツと出始めていました。

しかし、そんな状態の私でも、出会って間もない同年代の男性から、「黒田と出会ったとき、すごいワクワクした」という言葉をもらうこともありました。

こんなに、憂鬱で、空虚で、上滑りしている私に、ワクワクを感じる?

その違和感が、私の逆エンパスエピソードとしてずっと記憶に残っています。

【うつ症状とエネルギーの滞り、その克服】先生との出会い、運命は廻る

ずっと抱えていた渇望。

失った半身を取り戻さなきゃという無自覚の激しい飢え。

それを取り戻せるかもしれないという幻想の甘い誘惑が、私にとっての恋愛なのです。

どうしても自分の一部になってくれない恋愛相手を責めてしまう。

そのどうにもならない感情の激しさに悩み、どうにか変わりたいと思うようになりました。

大事にしたいと思えた相手を傷つけてしまいそうな自分が嫌になったのです。

それが、私がカウンセリング学習の門を叩くようになったきっかけです。

変わりたいという最初の動きで、先生と出会い、変わることができました。

そういう意味では私はとても運が良いのだと思います。

【うつ症状とエネルギーの滞り、その克服】感情と感性にエンカウンターし、うつ症状は消えた

私は、先生に出会い、カウンセリング学習に出会い、エンカウンターグループに出会いました。

先生が世話人をつとめるそのグループの純粋性は極めて高いもので、私は、そこに参加することで、濁流のように滞っていた悲しみのエネルギーを凄まじい勢いで表出することができました。

まさに慟哭。

狂ったように泣くことができた。

あれほどのエネルギーの放出は生涯もうないでしょう。

 

そして、もうひとつ。

同年代の男性に体格的に置いていかれてしまったことによる強烈な劣等感。

それが、キレイに消失しました。

それは、先生に、私を見つけてもらったおかげです。

 

先生は、一目で私の感性に驚き、感動し、そしてその貴重さを見つけてくれた。

そんな感覚が確かにありました。

 

私以上に、私をわかってくれている。

私以上に、私の感性を感じ、感動してくれている。

この感覚に本当に救われました。

 

私のこの時の救われようを表そうとしたら、共感してもらったという言葉では全然たりません

 

先生は、

 

私を見つけてくれた。

私に遭遇してくれた。

まさにエンカウンターしてくれたのです。

 

先生が私にエンカウンターしてくれたから、

私は、私にエンカウンターすることができた、そう言いたいのです。

 

濁流のように滞っていたエネルギーの放出。

自分の感性とのエンカウンター。

そして、カウンセリング学習の様々な知恵。

 

これらを体験したことで、私は憑き物が落ちたように、スッキリしました。

自分は劣っているという強迫的な衝動から解放されました。

自分のままでいい、いやむしろ、自分であることを望まれるということを体験しました。

自分になっていいんだ。

嬉しかった。身体の芯からホッとしました。

1つだった母からちぎれ、何者でもなくなってしまった私が、私になることをやっと赦されたのでした。

それからの私は、劣等感から、同年代の人に自分をよく見せようとする動きがなくなりました。

そして、悩まされていたうつ的な症状からも解放されたのです。

【うつ症状とエネルギーの滞り、その克服】エネルギーの源泉から離れてしまう

しかし、このタイミングで、私に対してワクワクしたと言ってくれた人に、「なんかガッカリした」と言われたのは不思議な思い出です。

たしかに、私は、この辺りから逆エンパスエピソードがかなり減ったような気がしています。

まぁ、私にとって自覚している逆エンパスエピソードのほとんどは煩わしいことだったので、特に困りませんでしたが。

今だから、思えることですが、当時私は、濁流のような悲しみのエネルギーを放出し、小さな1つの私になることを赦されたと同時に、エネルギーの源泉から離れてしまったのかもしれません。

私は、母と2つに分かれたことを濁流のような悲しみのエネルギー放出とともに、身体の芯から認め、同時に、母と1つに戻ろうとすることをあきらめたのです。

しかし、このあきらめは、エネルギーの源泉とつながることをあきらめることと同じになってしまっていたようです。

【うつ症状とエネルギーの滞り、その克服】再びエネルギーの源泉にふれる

私は、私の狂うほどの悲しみの原因にたどり着くのに、多くの時間を要しました。

その悲しみの原因にやっとたどり着いたとき、私の中で、私の母をしてくれた一人の人間と、私の母への思いが分かれてくれました

私の母への思いは、今、少しずつ思い出に変わり、またそこから静かにエネルギーが湧き出ているのを感じます。

失った半身は、その思い出から湧き出るエネルギーが埋めてくれるのでしょう。

柔らかく、暖かくて、時に激しい。

そして何よりも懐かしいオレンジのエネルギー。

そんなエネルギーが私を包み込んでいるイメージが浮かびます。

【うつ症状とエネルギーの滞り】おわりに

母への思い。

しばらく離れていた、私にとってのエネルギーの源泉。

今なら私は、母と1つであったころの思い出こそ、エネルギーの源泉であると言えます。

母と1つだった頃の私は、エネルギーで満ち足りていた。

溢れていた。

他の誰かに分け与えるなんて当たり前だった。

それは、宇宙と1つであったかのような、強烈な満足感でした。

 

やがて自我が成長し、分かれ、分かれ、分かれていく過程を生きる。

生きるということは分かれていくということです。

宇宙と分かれ、小さな1つになってしまった私。

宇宙と分かれたからこそ、私と言える私。

しかし、小さな1つになってしまったあとでも、母への思いに、宇宙に、エネルギーの源泉に、ふれることは出来るのだと思います。

あの頃のように、懐かしく、そして真新しく、大きなエネルギーに包まれたい。

 

私は、還るように、生まれ変わる。

そんなふうに生きていきたいですね。

 

母思う、ゆえに我あり  黒田明彦