冥王の唄

エネルギーを塞いでいる心の点穴をつき、エネルギーを解放せよ

点穴(てんけつ)は、中国の大衆小説である武侠小説において用いられる言葉で、全身に存在する特定の経穴を衝いて、経脈を遮断する技の名だということだ。

主に攻撃や止血、毒が回るのを防ぐために用いられる。

機能を回復させる場合は、再び経穴を衝く。

中国武術に伝承される点穴は、ほぼ人体の急所に当たる箇所と重なる・・・。

 

これからするのは、人間の心と言葉、そしてエネルギーの話だ。

人間の心には、それぞれに、この点穴が複数存在する。

興味のある人は読んでほしい。

 

 

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人間の心の深いところには点穴がある。

人間の心の深いところには、点穴がある。

それはエネルギーを滞らせ、または解放するための心の急所である。

過去になんらかの言葉が、その心の点穴をついていると、エネルギーは強烈に滞る。

エネルギーを解放したければ、今、再び、その心の点穴を自分の言葉でつく必要がある。

それは自分の中にある、魂のマグマ、エネルギーの源泉とつながろうとするということ、そのものだ。

人間は自分自身のエネルギーに焼かれる

人間は、鋭く激しい苦しみ、痛みから逃れるために、自分のエネルギーの源泉から一時的に離れざるを得ないことがある。

生まれながらに深く強いエネルギーを持っている人ほど、その傾向は顕著である。

また、様々な出来事に強く反応し、いちいち強いエネルギーを生み出してしまう豊かな感性を持っている人も、その傾向は顕著である。

エネルギーを封じることでしか、エネルギーの源泉から離れることでしか、心のバランスを保てない。

そんな状況は、星の数ほど存在する。

知らず知らずのうちに、なんらかの言葉で心の点穴をつき、一時的に自分のエネルギーを封じて生きること、それも人間の身体のひとつの防衛機制である。

エネルギーの源泉から解離してしまうということ

もし、あなたがずっと生きづらさを感じて生きているのなら。

もし、あなたがずっと自分らしさから遠く離れて生きているという感覚があるのなら。

以前、なんらかの言葉が心の点穴をつき、今あなたは、エネルギーの源泉から離れてしまっているのかもしれない。

人は自分のエネルギーの源泉から離れてしまっては、小さく安全に生きることはできるかもしれないが、元気に生きることはできない。

あなたは、本来のあなたになりたいか。

あなたは、本来のあなたのエネルギーに包まれて暮らしたいか。

あなたは、本来の元気を取り戻したいか。

大事なのはそこだ。

心の点穴にもう一度ふれよう

もし、小さな頃や、思春期の頃と違い、今、ある程度の心の準備ができているのなら。

今あなたが、うっすらとでも、自分のエネルギーの源泉と再びつながることを求めているのなら。

あなたの言葉で心を掘り下げ、エネルギーの滞りを生んでいる急所、心の点穴にもう一度、言葉でふれよう。

今度は、はっきりと自分の言葉で、心の点穴をつき、自分自身のエネルギーの源泉につながろう。

「今、解放への挑戦をせよ、エネルギーの源泉と再びつながれ。」

挑戦には準備が必要だ

過去にあなたは、知らず知らずのうちに、言葉によって心の点穴をつかれているため、今、強烈なエネルギーの滞りが生まれているとする。

それは、あなたがあなた自身のエネルギーに焼かれないために、人間の防衛機制が生んだ巧みな技だとも言える。

つまり、今のあなたは、あなた自身のエネルギーを封じることで、心のバランスをとっている。

きっとあなたは、あなたのエネルギーに従って生きることが危ない環境にいたのだろう。

そのあなたの身体の動きは非常に合理的で、優秀である。

単純に、あたなは、安全に生きるために、自分のエネルギーから離れる必要があったのだ。

さて、今のあなたはどうだ?

まだ、あなたは自分のエネルギーの源泉と再びつながる準備はできていないか?

まだ、自分らしく生きても傷つかないほどの哲学を身につけることができていないか?

まだ、愛し、愛される言葉をくれる相手には巡り合えていないか?

まだ、自分に自信を持てるようなスキルが身に着いていないか?

まだ、何も上手くいっていないが、自分をとにかく変えたいという覚悟に恵まれていないか?

「もしかして、すでにあなたは、自分の言葉再び、心の点穴をつき、滞ったエネルギーを解放し、エネルギーの源泉とつながる準備ができているのではないのか?」

心の点穴を自分の言葉でつき、自分のエネルギーの源泉につながろうとすることはひとつの挑戦である。

それは、今は、自分ではない何かになってしまっているものに、こわごわと、手探りでリーチし、それを自分だと受け入れていくプロセスである。

これは、一筋縄ではいかない挑戦であることは間違いない。

あえてもう一度聞く、あなたはまだその準備ができていないのか?

心の点穴のリアルな例

私はこれまで、いくつかの自分自身のエネルギーの滞りを解放してきた。

その度に元気になっているが、まだエネルギーが解放されきっているとは思えない。

1つ言葉が心の点穴をつき、1つエネルギーが解放されると、また次の心の点穴が見えてくる。

1つの門をくぐると、また次の門が見えてくるのだ。

ここでは、私のエネルギー点穴の具体的な例を簡単に紹介しよう。

私の心の点穴1母との関係

私に強烈なエネルギーの滞りを生んでいた心の点穴の1つは、母との関係による生まれたものである。

これは、非常に多くの人の心の点穴になっていると予測される。

母との関係は、多くの人にとって、人生をかけて克服せねばならない課題の一つである。

私にとって一つ目の点穴は、「一心同体だった母から引きちぎれてしまったという、強烈な悲しみ」にふれる言葉だった。

この悲しみが解放されたとき、私の身に起こったことは、まさに慟哭。

泣き叫び、狂うほどに激しくエネルギーは解放された。

まさに点穴をつき、解放された感じだった。

ちなみに、強烈な悲しみの解放が起きて、それが「一心同体の母から引きちぎれてしまった悲しみ」と、綺麗に言語化でき、それが私の心の点穴であったとはっきり気が付くまでには、その後20年ぐらいの歳月を必要とした。

ただ、当時の何らかの言葉が心の点穴をつき、エネルギーの解放が終わった時点で、心のバランスは大分整っていた。

私の心の点穴2怒りの解放

私に強烈なエネルギーの滞りを生んでいた心の点穴の2つめが、怒りの解離である。

怒りの解離もわりと多くの人の心の点穴にあたると思う。

私にはいつからか「怒る」ということが何よりもいけないことだとして感じられていた。

しかし、あらためて考えると、実はこれも母との関係につながっていたように思うところもある。

なんとも因果なものである。

私は、子供の頃、時折、自然なエネルギーの流れと関係なく、母が、理不尽に強烈に不安がり、怒るのがこわかったし、許せなかった。

私の1のエネルギーでのはたらきかけが、思いもよらず、母からは、5とか10のエネルギーが返ってくるのである。

母は、私がちょっと物をたずねたり、確認しようとしただけで、何かとんでもないことを私がしでかしたかのように、怒ることがあった。

また、私が責めていないものに対して、責められているかのように過剰に反撃してくることも度々あった。

私にとってそれは、絶対にやってはいけないことであると感じられ、私はマグマのように怒り狂っていた。

しかし、母のその不安や怒りを封じることはできないから、自分の怒りの方を封じてしまったのである。

そんな私の動きは全く言語化されないまま、認識の外に追いやられていた。

「怒る」と自分が自分でなくなる。

「怒る」と自分が消えてしまう、そんな感覚だけがあった。

私の怒りのエネルギーはまさに、解離していたのである。

この私の2つ目の点穴をついた言葉は、はっきりと覚えている。

「怒っている自分こそ私」

様々な言葉との出会い、すれ違いの中で、私はこの言葉にであい、この言葉が、私の心の点穴をついた。

今までは怒りは悪であり、暴力であり、抑えなくてはならないもの、自分ではないものとしていた。

この言葉に出会い、自分の心を焼くものでしかなかった怒りのエネルギーが、まさに自分そのもののエネルギーとなったのである。

私は、長く離れ離れになっていた怒りのエネルギーと融合することができた。

私の心の点穴3王を名乗る

怒りのエネルギーの解放とほぼ同時につくことができた3つ目の心の点穴が、王でありたいというイメージである。

自分のセルフイメージを現実化するのに必要な言葉が私にとっては「王でありたい」だった。

私は、王として言葉を発することができているとき、非常に強いエネルギーに包まれる。

それこそ、私がずっと抱えて、持て余したエネルギーとの融合した姿である。

ここは、まさに私にとってのユニークな心の点穴なのである。

しかし、現在私は、いつでも王のエネルギーに包まれていることを実感できているわけではない。

私は、何を大それたことを言っているんだ・・・と自問自答して、小さく小さくなっていくこともある。

また、王を名乗る私を馬鹿にし、軽蔑する、音にも文字にもなっていない声に、勝手に怯えたりもしている。

「お前はまだ何もなしていない、取るに足らない忌むべきものだ。」

そんな見えざる言葉に苛まれる。

王→取るに足らない忌むべきもの→王→取るに足らない忌むべきもの

と、点滅しているような状態だ。

これから、王としての言葉をできるだけ発していき、少しでも王のエネルギーに包まれている時間を長くしたいと思っている。

何かをなしたものが王となれるのではない。

王となれたものが何かをなせるのだ。

私にはそんな感覚がある。

私の心の点穴4まだ見えていない

私にとってのエネルギー解放の心の点穴の4つめはまだ見えていない。

ただ、間違いなく次の心の点穴は存在する。

私には予感がある。

まだまだ私のエネルギーはこんなものではない。

抱えているエネルギーの現実化は、地道に一歩一歩やっていくしかないのだ。

心の点穴をつくとはどういういことか?

心の点穴をつくとは、自分のエネルギーの滞りを解放するための、要の言葉と出会っていくということだ。

他の誰かの言葉がきっかけとなって心の点穴をつくこともあれば、自分自身の言葉によって心の点穴をつくこともある。

言葉が心の点穴をつくのにもっとも重要なことは、「今、自分に変わる必要性があること」だ。

もし、今それがあなたにないのなら、どんな言葉でも心の点穴にふれることは難しい。

そして、もう一つ、言葉が心の点穴をつくのに必要なことは、「自分自身の言葉を語り進めていくということ」だ。

他の誰かの言葉がきっかけとなって心の点穴をつくことがあると書いたが、それは、自分の言葉を語り続けていくことによって、点穴にふれられるところまで自分の心の深堀が進んでいた時に限る。

あくまで、心の点穴にふれるための自分の心の開拓は、自分の言葉で行われる。

心の点穴は心の深いところにある。

他人の言葉は、自分の心を横に揺らしてくれるにすぎない。

自分の心を深く縦に掘っていくことができるのは、ただ自分の言葉だけである。

他人の言葉で心の点穴をつくことができるということは、心の点穴にふれられる位置まですでに自分の言葉で心を掘り進むことができていたということにすぎない。

心の点穴をつき、エネルギーを解放せよ、おわりに

変わりたい

変わらなければならない

そんな状況になっていなければ、心の奥底にある点穴を言葉でつくことはできない。

もしあなたが、この文章を読み、自分の心の点穴をつき、自分のエネルギーを解放したいと強く願うのであれば、そのお手伝いをさせてほしい。

私は、あなたが深く深く、あなたの言葉で語り進めていくことの手伝いをすることができる。

そして、あなたの心の点穴を一緒に探す手伝いをすることができる。

「本来の自分のエネルギーに還りたくはないか?」

「瑞々しいエネルギーに包まれたくはないか?」

そのためのあなたの挑戦を、私は、地の底で待っている。

 

その壁は私の前では無意味だ。

あなたのエネルギーを見せてよ。

冥王 黒田明彦

 

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