カウンセリング

エンカウンターグループ体験レポートと先生の応答(平成21年秋)

今回の記事はH21年の9月に私が作成し、先生に提出した、エンカウンターグループのレポートです。

見てもらえばわかりますが、説明もなく、ドンと始まり、ただ我儘に進行していきます。読む人の立ち場など気にしない、ただ自分のための自己学習レポート。

私にしてみれば、とにかく先生さえわかってくれればいいという気持ちでガンガン書いていた記憶があります。

内容はともかく、こんなに自由に、我儘に自分の内面を検討して良い場所があるのだということに驚いていただければ幸いです。

そして、最後の方に載せた、私の目一杯自由で我儘な自己検討に、目一杯応えてくれる先生のコメントに注目してください。(正直私の文章は飛ばし読みで構わないです。)

カウンセリング学習の面白さ、自己学習がどれほど自由で、そして、その自由な学習をしっかり受け止めてもらえる喜びというものがどれほどのものかということの一部でもシェアできたらと思います。

興味のある方は読んでみてください。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート1スタート

初日の第一セッション。

Oさんの挨拶。

ここへ来る途中に出会った、母と子の姿を見て、自分と子供との関りを思い出した…。そのお母さんの穏やかな対応を見て「すごいなぁ」と・・・。

「これは私に比べてのところですけどね」と断りながら・・・。

「思えば、昔、私はイライラしていたなぁ・・・。」

そう聞かせていただいた。

それまで僕は、Oさんの息子さんとの関りのところは、いつも大事にしまい込んでいるようなところに聞いていて、そう簡単に出てこないところのように聞いていた。

それなのに今年はなんか一番最初に出てきた。びっくりした。

去年か、おととしは、僕が他人と自分を比べているところで「すごい」「すごい」と言っているのを聞いたOさんが、「比べようがないんですけどねぇ・・・」と言っていたのに、今年のOさんは「私に比べてのところですけどね」とサラッと言っていた。

なんか、僕のところでそれがすごくすごく鮮やかな変化に感じられて

「Oさん、変わった!変わった!」そう言いたくなった。

なんかすごかった。

なんかもう、最初からいろいろな気持ちになった。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート2ただ母を思い、泣きそうになった

ただ母を思い、泣きそうになった。

エンカウンターってのは不思議なもので、やはり、日常よりも感情的、情緒的な動きが活発になるような気がする。

日常を不健全と呼ぶか、エンカウンターを特別と呼ぶか、どちらが僕に優しいのだろう・・・。

セッションの中で、他の参加者の「母」の話題が続いた。ふと、私の「母」が思い出され、なんか泣きそうになった。

次の日、その辺りを話す機会があった。

実家にいる母が、いつもいつもじゃなくていいから、なんか楽しそうに、嬉しそうに笑ってくれているといいなぁと。

いつもじゃなくていいから、たまにでいいからと。

でも、今はね、それが「僕のかかわりによって」とはならないんだ…。

ならない。

それがとても悲しかった。

涙になった。

でもね、「僕のかかわりによって」とはならない・・・、ここのところ、すごく「僕が大事になっているところ」なんだ・・・。

と、はっきりしっかり言えた。

そして僕は、「僕が大事になっているところ」のまま、「母」と関わりたい。

その方がなんかうまくいく気がするんだ…と言えた。

なんかこの辺り「しっかり言えたなぁ」と今でも思う。あぁ・・しっかり言えたなぁ・・・。しっかり言えた。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート3何をなすかということは、どうあるかということだ

僕の声で「~をする」と聞こえたときは、意識的に「~をする」ではなくて、「~になる」と言い換える。

言い換えるたびになんだか少しホッとした。

「する」「する」「する」のところでは、なんか大変なんだよね。「しなさい」「しなさい」と聞こえてきて大変。

「~をする」が「~になる」になるとね、なんだか僕に優しいんだよね。

「する」ではなく、「なる」になっているところは、より「事実」に近づいていく感じと言うか。

「事実」はなんだか僕に優しいんだよね。

「事実」はただそこにあるからだろうか・・・。

「事実」は無理がないからだろうか。

「事実」は「自然」だからだろうか。

「人のはからいを超えたところ」ってやつは、わりと人に優しいんじゃないかと思う。

よくわからないけど。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート4関係

もう何年も前に初めてOさんに会ったときに、「独り」の人間として接してもらえた感じがした。

とても驚いた。

なんかの言葉で、というわけではなくて、なんかそんな感じがしてびっくりした記憶がある。

だから、なんかOさんのことを先生と呼ばないんだよなぁ。

先生と呼びたくないというか、OさんはOさんだしなぁと。

でも一方で、僕にとってOさんはどういう人なんだろう・・・と不思議に思うこともあった。

「先生」とはあえて呼びたくないし、「師匠」とか一方的に言うのもなんか、おかしい。

「父」は実家にちゃんといるし、「神」やら「仏」というのもピンとこない。

「もっと特別な何かかもしれない・・・」と思いながら、でもなんかスッキリしなかった。

ある時ふと、「あぁ、Oさんは僕のカウンセラーなんだ・・・。」と思えてしまった。

「認めたくない。」それもうるさく聞こえきていたが、

「あぁ、カウンセラーなんだ・・・。」がとてもしっくりきてしまっていた。

なんかとてもがっかりしてしまった。

Oさんが「カウンセラー」になってしまうと、僕は「クライエント」になってしまう。

それを認めざるを得ない。

いや、もう認めてしまっているところでなんかがっかりしてしまった。

どうも僕のところで「クライエントを体験する」というところと、「実際クライエントになる」というところはしっかりと違っていたみたい。

本当にがっかりしたんだ。本当に。

だけど今は、はっきりとそれが「終わった」ことも確信している。

だから振り返るように話せる。

そんでね、次はわりと抵抗なくまた、「クライエント」になれる気がするんだ。たとえOさん以外のカウンセラーが相手でも・・・。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート5言いたかったんだね

しんどそうにしている参加者Tさん。

体力的な疲れが出ていてもおかしくない最後のセッション。

「自分の背骨で座ってられない」

「フラフラして歩いて帰れるかわからない」

と、まで言っていた人が、他の人が聞いてくれたことで、この研修で学んだところ、その感動を声にでき、明るいキラキラした表情になった。

「つらい」「悲しい」「さびしい」そんな感情が押し寄せてきているのに、なにかあって、なにかあって、それを感じられない。いや、それが声にならない。

そんなときってのは本当にしんどくて、身体の調子が悪くなるのはわかる気がするし、実際にそんな場面も見てきたような気もする。

でも、「感動」「学んだところ」とか、なんか良さそうなものでいっぱいになって、苦しくなる。そんなのは初めて見た気がしたなぁ。鮮やかに。

「Tさん言いたかったんだね。」

そう伝えたら、

「黒田さん、私言いたかったんです!」

とまたキラキラとなって。

なんか僕まで救われたなぁ。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート6独り言

声を出す訓練。

「あ・・・。」とか「う・・・。」とかね。

どうもここまでは「声になりにくくする訓練」を受けてきてるんだろうなぁ。

「静かにしなさい」

「考えてから話しなさい」

「まとめてから話しなさい」

「そんなこと言っちゃだめ」

特に学校ではよく言われたなぁ。

それでも時々あるけどね・・「あっ」とか声が出ちゃうとき・・。

でもそのときは「しまった!」って感じになる。

とりあえず「声に出す」ということにブレーキがかかるんだ。

僕らは独り言を禁止されて育ってきたのかもしれない。

Oさんの言う、「とりあえず声に出してみる」はしんどいんだよ・・・。そうならないような身体になってるんだから。

だけど「とりあえず声になる私」と「独りの私」には関係がある。

より「独り」のところで、より「声になっていける」というかね。

独り言だからこそ言えていけるというかね。

平成21年秋エンカウンターグループ レポート7カウンセラーなんだよなぁ

カウンセラーなんだよなぁ。

なんでかね。

どんどんそう言わざるを得なくなっていく感じ。

切実なんだよ。

カウンセラーなんだよ。

切実に。

カウンセラー、カウンセリング、それがどういうところかなんてはのは、はっきりわかってしまわないまんまに・・・。

カウンセラーなんだよ。切実に。

この世界で僕自身に切実に必要なんだよ。

平成21年秋エンカウンターグループ O先生によるレポートの返答

秋の声が聞こえてまいります。

その後、お元気でおすごしと思います。

① レポート1スタート、より

すごく、すごく鮮やかな変化に感じられて

変化・・・応化(オウゲ)・・・限りない歩み、プロセス。

プロセス・・・応化は、常に新鮮です。

そしてそれを「鮮やかな変化」と受け取れていける人は、さらに新鮮です。

② レポート2ただ母を思い泣きそうになった、より

「ああ・・・しっかり言えたなぁ・・・。しっかり言えた。」という感覚こそ、「自灯明」・・・自ら歩んでゆけるともしびでしょうね。

③ レポート3何かをなすかということは、どうあるかということだ、より

「わりと人に優しいんじゃないかと思う。よくわからないけど。」

「事実」は「自然の相(スガタ)」でしょうね。

「自然の相」は、「この私」に優しくて、懐かしくて、「大安心(ダイアンジン)」への歩みを歩ませるように用く(ハタラク)のでしょうね。

④ レポート5言いたかったんだね、より

「・・・それを感じられない。いや、それが声にならない。・・・声になるところで感じられる、のでしょうね。

⑤ レポート6独り言、より

より“独り”のところで、より“声になっていける”んでしょうね。

より、私のところ、に添ってくださる“ことば”は、声になっていくことで、より、私のところに添ってくださるのでしょうね。

⑥ レポート7カウンセラーなんだよな、より

「カウンセラーなんだよ。切実に。」

カウンセラーとは(人間とは)より「十分に機能する人間」に向かって、学び続ける(救われてゆく)人、なんでしょうね。

エンカウンターグループ体験レポートと先生の応答ーおわりに

今になって、あらためて先生のレスポンスを書き起こしてみると、今読んでもしみるなぁ、という感じでした。

そうそう、私はエンカウンターグループに、先生に会いに行っていたんだったと、懐かしく思い出しています。

私にとってはそれがすべてでした。

私にとってカウンセリングの学習とは、先生に会いに行くことだったんです。

先生が私の学びのすべてでした。

そうなれたところで救われていました。

そんな時期がありました。とても、とても懐かしいです。

なんであんなに救われることができたんでしょう。

なんであんなに夢中になることができたんでしょう。

そこには確かに、求めていたものがあったんです。

さっきまで不思議なほど忘れていました。

 

あらためまして・・・私はそういう人になりたいです。

お金を払って、

時間をつくって、

自分のために、どうしても、どうしても会いに行きたい人。

そんな人になりたい。

どうしたら、なれるんだろう。

なれるんだろうなぁ。

 

多感な凡人 黒田明彦

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