カウンセリング

エンカウンターグループ体験レポートと先生の応答2(平成22年夏)

今回の記事も、私の過去のエンカウンターグループの体験レポートと、それに対する先生の応答を紹介してみようと思います。

カウンセリングの学習をずっと続けていて思うのは、人間の精神の成長は、滞りと急激な伸びを繰り返すところがありそうだということです。

このときのレポートは滞りから、急激な伸びへと移り変わっていくときのような迫力があります。

自分で文章を読み返して思うところは、先生になら、私のところをどこからどう話しても(書いても)理解してもらえるという信頼感をもって書いているなというところです。だから、説明がほとんどなく、感性のまま書いている。

甘えているなぁと当時の自分を、懐かしく、そして恥ずかしく思います。

今回も、最後に私の先生の応答を添えています。興味のあるかたはお読みください。

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平成22年夏エンカウンターグループ レポート1なんだか久しぶりに

何が書けるんだろう。

なんだか最近体調悪くて、元気もなくて。特に原因も思い浮かばない。

ここのところ大きな変化もなくて・・もう成長も緩やかにしかしないんだろうなぁって。

気づきといわれるような何かはそれなりにあったような気がするし、涙になるようなことも幾度かあって、大変なこともいっぱいあって。

だけどあの時のような・・学習を始めたばかりのときに起こったようなあの充実感の連続は得られない。

そろそろこの世界の次元が変わるような成長がしたい。変わりたい。なんだか久しぶりに、そう思えた。

変わりたい。

平成22年夏エンカウンターグループ レポート2自分を大事にする

「自分を大事にするってどういうことだろう?」

セッションでそんな疑問を誰かから聞いて、

「自分の言葉を聞いているときは自分が大事になっていると、言い切っていいんじゃないだろうか。」

と言ってみた。

なんか、僕自身職場で、福祉施設の利用者に向かって、何度か「自分を大事にしたほうがいいよ。」と言ったり、書いたりしたことがあって・・・。

でもその度に「自分を大事に」って本当はどういうことなんだろう?どうすれば大事になるんだろう・・・?と、自分でも疑問に思っていた。

そういえば・・・、カウンセリングの学習を始める前は、まったく自分の言葉を聞いてなかったなぁ・・というのが思い浮かんで・・・。

あるとき、Oさんに僕がするよりも、僕の言葉を大事にしてもらえた・・・。

なんかそんな経験があって。

そしたら、僕の言葉が、僕の言葉として聞こえるようになって・・・。

なんか・・・大事になったなぁ・・・大事になった・・・ってところがあるんだよね。

「僕の言葉、大事になった。」

こんなところかなぁ・・・

平成22年夏エンカウンターグループ レポート3最初の私

「事実」とはたった1つのよりどころ。

「現実」とは、疑うすべなく「私」いっぱいで感じているところ

そんなところかなぁ・・・。

「私はね・・・」

「あなた」

「私の世界」

「すべては私の世界のできごと」

これまで何度も書いてきたし、言ってきた・・・。

そうだね・・・。

「私」というのが生まれたんだ・・・。あの時、あの場所で。どかんと。

そりゃ、充実感の連続だっただろう。生まれたてだったんだから。

「あなた」と「私」は違う。違っていいんだ!「私!」「私!」「私!」

このあたりが最初の大事な、大事な、「私」の誕生だったんだ。

そうなんだよなぁ。

平成22年夏エンカウンターグループ レポート4あなたという現実

「あなた」というのがあるんだよなぁ。

僕にはどうも、「あなた」っていうのがあって、なんだか長い付き合いなんだよ。

馴染み深くて離れがたい。

なんというかねぇ・・・。

「あなた」と誰かに指を指すところでね、いろんなことが現実になる。

あの人は~で、~で、~だ。~で、~で、~だ。

私の現実に「あなた」というところが当然に影響を与えている。

「あなた」のおかけで、「私」はホッとなったり、イライラしたりなる。

「あの人」「あの人」「あの人」って!

そうなんだもの。

「あなた」と、

「感じてる」「観えてる」「聴こえてる」だって、そうとしか言いようがないんだもの。

それはもう、泣きたくなるほど「私」で「私」で「私」。

私いっぱいに、私いっぱいに「現実」。

「言われた」、「やられた」、「あなたに」「あなたのせいで」「好き」「嫌い」

「怖い」「傷つけられた」「似ている」「すごい」「落ち着く」「私のほうが」・・たくさんたくさん。

何度も言った。何度も聞いた。

全部、全部、泣きたくなるほど、この身に影響を与えてきた。だってそうなんだもの。本当に体の調子が悪くなったり、時には元気になったりするんだもの。現実だよ。

「俺、得意なんだぜ。あなたのこと分かっちゃうの。」「すげー感じるんだ」

「ちょっと観たり、聴いたりしただけであなたのことがわかっちゃう。」

「本当に得意なんだから。誰よりも。」

「洞察とかさ。直感もあると思うんだけど、そういうのすげー得意なんだから。」

「あなたより、あなたのことわかっちゃうんだから。」

「そう観えて、そう感じて・・・。」

「勝手によ・・・。」

「邪魔でしょうがいないくらいに・・・。」

「泣きたくなるほどに・・・。」

「あなた」なんだから・・・

平成22年夏エンカウンターグループ レポート5救い

さて・・・

言い切ってみよう。「あなた」という事実はない。

「あなた」は私の「観念」で、できている。

「あなた」という全ては「観念」だ。

「あなたの世界」は「観念世界」だ。

「思い」「感じ」「観える」「聴こえる」「あなた」は、とりあえず全て観念だと言ってしまおう。

「思え」「感じ」「観え」「聴こえ」てしか構成されえない「あなた」は観念でしかない!と言い切ってしまおう。

「あなたという観念」を「現実」から丁寧に剥がすんだ。きっと何もなくなる。

きっとそこには、何もなくなるという「事実」が静かにある。

その「事実」はきっと「現実」を救うと。

平成22年夏エンカウンターグループ レポート6独りと人間と事実と

「あなた」となる「観念世界」。

そこに事実なんてない。そう言わせて欲しい。

だって、あれもこれも「観念」だもの。

そういうふうになった。

いつかどこかで、

「一人では、独りにはなれないんですよ」

そう聞いた。

一人では、事実(独り)になれない。

人が一人いて、

また、人が一人いて

人が言葉を声にして

もう一人が聞いた言葉を声にする。

「そう、そうなんです」

と確認できる。

もう、これしか事実ってないんじゃないの?

一人では、事実なんて生まれない。

それこそが救いだったりするのかな。

なんだか少しホッとしたもの。

平成22年夏エンカウンターグループ レポート7自灯明、法灯明

「生命」は「事実」が好きなんだよ。

なんかもう、そう言いたいなぁ。

「事実」はただ静かにそこにあるんだろうけど・・

「生命」は事実を求めて、「現実」に泣くのよ。

「生命」が泣くの。

「生命」は泣く。「現実」に泣く。その音を灯明に。

「事実」はある。ただ静かにある。「そう、そうなんです」その音を灯明に。

平成22年夏エンカウンターグループ レポート8おわりに

「私の世界」「あなたの世界」

なんかこんなふうに言葉が並ぶ。

これまで、私には「私の世界」があり、あなたには「あなたの世界」がある、というようにわかっていた。

だけど、今回のレポートを経て、

「私・・・」と言葉になっていける世界

「あなた・・・」と言葉になっていける世界

があるのだなぁ・・・と新しくなった。

「私」となる世界、「あなた」となる世界。

「あなたとなる世界」その世界は「観念世界」・・・「大観念世界だ!」

さて・・・現実はどう変わるかなぁ・・・

平成22年夏エンカウンターグループ O先生によるレポートの返答

かけ足のように過ぎ去る秋。改めて四季の確かさを感じます。

 

①レポートを読ませていただいて、私に到来した言葉、綴ってみたい。

「この世界の次元が変わるような成長がしたい。変わりたい。」

カウンセリングの成長は、「次元が変わるような」と言えそうです。

したがって「変わる」という言葉では包み切れません。…「超える」でしょうか。

 

②「僕の言葉、大事になった」

「僕のいのち、大事になった。」と聞こえました。

そして、「いのち」は、僕を大事にしてくれます。確信です。

 

③レポート7の「生命」を「ことば」に置き換えてみたくなりました。

「ことば」は「事実」が好きなんだよ。

「ことば」は真実を求めて、「現実」(人間、この私の見えなさー無明)に泣くのよ。

「ことば」が泣いてくださるの。

 

④今回のレポート、いよいよ何かが始まるという予感のようなものを感じました。

また、いつか、お会いできるご縁に恵まれますように。

どうぞお大事になりますように。

エンカウンターグループ体験レポートと先生の応答2ーおわりに

この時期の私は、自分と他人の区別をよりはっきりさせることで楽なりたいと必死だったようです。

私が感じる相手と、相手自身が感じる相手は別であるということ。

そして、私が感じている相手というのは私の観念にすぎず、事実として存在する相手とは別であるというところをなんとかはっきりさせようとしているようです。

しかし、どれだけそれを頭で理解していても、身体が感じ取るものがなくなるわけではありません。

このレポートを読んだだけでは、意味がわかりませんが、この頃の私は、相手を見て、聞いて、「私が相手として感じ取ったもの」は、「相手そのもの」とは違うのだから、それはないものとしなくてはならないと思えて苦しんでいます。

あるものをないものとするのはとても苦しいことですね。

あらためてこのレポートからは、自分の身体が感じ取っているものを自分にも他者にもわかりやすいように理解することが、どれだけ困難かということが痛々しい程伝わってきます。

先生は、こんな私のレポートにも誠心誠意応答してくれていたので本当にありがたかったです。

もし、当時の私の、この思考のもがきを先生に拒絶されていたら、私は絶望で前に進めなくなってしまっていたでしょう。

あらためて他者の歩みにご一緒することの厳かさに身震いいたしました。

 

多感な凡人 黒田明彦

 

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