カウンセリング

一人ぼっちで語るこわさ~エンカウンターグループと語りを支えるということ~

私は、カウンセラーとしての研鑽を積む中で、いつしかエンカウンターグループに参加するときは、聞かせていただくことに徹するようになっていました。

しかし、ここのところは、あらためて、できるだけ自分のことを語るように心がけるようになりました。

その辺りの心境と、それによってあらためて明らかになった発見について書いてみようと思います。

興味のある方は読んでみてください。

【エンカウンターグループと傾聴】聞き手に徹すること

私はカウンセリングの学習を深めていく中で、これまで何度もエンカウンターグループという語りの場に参加しています。

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最初の頃は、自分のところを場に向かって語り、聞いてもらって、癒されて、気づいて、ということをただ、ただ求めて参加していました。

しかし、カウンセリングの学習を積んでいくうちに、もっと聞き手として機能したい、聞かせていただける人になりたいという欲求が強まり、エンカウンターグループの場に聞き手に徹して参加する機会が徐々に増えていきました。

【エンカウンターグループと傾聴】今ここに、応じる

また、私は徐々に、過去の日常の中で悩んだことを、エンカウンターの場にもってきて語るというよりも、今日その時の、エンカウンターの場で起こったことに反応するということを意識して実践していました。

今ここの語った人のところに対して、反応する。

今この場への反応ということを大事にするようになりました。

だから、エンカウンターで私が語り手になるときも、日常の事ではなく、この場で起こったことに対して感じたことを話すという感じがどんどん増えていきました。

【エンカウンターグループと傾聴】聞かせいただく満足感

聞き手としての参加、そして、今ここのエンカウンターグループで起こったことへの反応を意識して参加することが続きました。

その中で、私は、徐々に聞き手として機能する場面もでてきました。

相手の語りにふれ、言葉のすがたにふれ、相手の今ここの語りに反応した自分のところを積極的に伝える。

そのやりとりには、私自身の日常の課題や悩みを語り、聞いてもらうことと、同様以上に満足感がありました。

私は、自分のところを語らなくても、相手のところを聞かせてもらえれば満足できるようになっていったのです。

【エンカウンターグループと語り】また語りたくなってきた

しかし、ここのところ、私はエンカウンターグループの中で、また私の過去の日常の課題や悩みを出来るだけ語ることを意識しています。

その理由は、単純に、私が日常が抱えている問題が、今の私の心を圧迫しているというのが1つ。

そして、あらためて、エンカウンターグループという特別な場で、自分の世界を語り、聞いてもらうことの影響力を確かめてみたいという気持ちがとても強くなっているところがあります。

【エンカウンターグループと語り】また語りだしてわかったこと

自分のところをあらためて語りだし、その時の周りの反応を見るとき、あらためて私は本当に、自分のところは、自分ではよく見えないのだな、ということを思わざるをえませんでした。

特に今の私の生業、ビジネスについての取り組みについて語るときは、聞いている人が「だから何がしたいの?」「やりたいようにやれば?」と、いうようなヤキモキするような感想をもってしまうのも無理がないほど煮え切れない語り口のようです。

おそらく今の私の語りには、いわゆる心的不一致があふれているのでしょう。

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私の心境としては、今の私の精いっぱいのところで語っているのです。

しかし、どうやら、なにがこわいかすらわからないほどに、そのこわい部分を迂回して語ってしまっているようです。

こういうときの身体の作用は、本当に不思議なものです。

私の意志を超えて、私の身体は、私にこわい思いをさせないようにしてくれているようです。

私は、何がこわくて、何を防衛して、何を迂回しているのかもわからないまま、なんとか、私自身の答えを手繰り寄せようとしている

あらためて思うのは、私にとってこわいところほど、私自身の言葉によって運ばれていきたいという感覚があるということです。

他の誰かの言葉をすべて拒絶したいわけではありません。

しかし、なかなか率直な語りにならず、迂回するような語り口になってしまう。

これは私の意志を超えたところで起きている、有機体的反応です。

相手からその有機体的反応に寄り添うような意思が感じられなければ、その相手からのどんなに的を得た鋭い指摘でも、私は受け入れられないでしょう。

【エンカウンターグループと語り】一人ぼっちで語るこわさ

今回、エンカウンターグループで意識して語る機会を増やすようになって、あらためて発見したことがあります。

それは、私は、私の語りがユニークになれば、ユニークになるほど、相手が私の語ったところをどう聞いているかがこわくなる、ということです。

相手が私のところを受け止めてくれているという感触が得られないと、ユニークなところを語れば語るほどに孤独を感じ、私は変なことを言っているんじゃないかと不安になり逃げ出し、隠れたくなります

語るほどに閉じていく

語るほどに閉じていく。

語るほどに一人ぼっちになっていく。

その語りはなんとも寂しく、なんとも苦しい経験になってしまいます。

久しぶりに、初めての場、そして、聞こえた私の言葉を私に届けようとしてくれる人がいない場で、今の自分の不安定な部分を語ることができ、私はあらためてそれを強く感じました。

ああ、一人ぼっちで歩くって、こんなにも、こわいことなんだ。

皆の中で一人ぼっちになるって、こんなにも、こんなにもこわいことなんだ。

あらためて、そのこわさが身に沁みました。

【エンカウンターグループと語り】言葉を届けるということ

カウンセリング学習における、聞かせていただくということ。

そのプロセスには、相手に聞かせていただいた言葉のすがたをそのまま私の声にして、相手に届けるという大事な試みがあります。

私にはそれが当たり前になりすぎて、むしろ、そのやりとりを相手に煩わしく感じられないだろうか?ということのほうが心配になっていたように思います。

しかし、あらためて、自分の不安定な部分を語る機会が増えて思うことは、

相手が私の声にした言葉をそのままに私に届け聞かせてくれるということは、相手が私の言葉をどう聞いているかを私がそのまま確認することができる、ということです。

それが、どれほどに安心なことか。

それが、どれほどに私の語りを支えることか。

ユニークな語りになれば、なるほど、いわゆる、わかってもらえる、同意してもらえる確率はグングン下がっていきます。

それはつまり、一人ぼっちになる確率がグングン上がるということです。

一人ぼっちになると、寂しくなります。

こわくなります。

語り続けられなくなります。

だから、一人ぼっちになりたくなくて、私は、相手に合わせるような言葉を選び出すことすらあります。

私がユニークなところを語るとき、相手が、私の言葉をそのままのすがたで受け止めてくれようとしてくれることが、どんなに嬉しいことか。

語りをうけとめてもらえる。

私の言葉のすがたを受け止めてもらえる。

それは、そのままの私をうけとめてもらえるということ。

私が、よりユニークな私になることを応援してもらえるということ。

私をわかってもらえなくても、私を聞こうとしてくれる意思を感じる。

それが、どれだけありがたく、それだけでどれだけ救われることか。

あらためて思えました。

 

切実に、切実に、

 

私は、あなたに、

 

私が語っているとき、私の言葉のすがたをあなたの声で私に聞かせて欲しい。

 

そうすれば、私は、あなたが私をわからなくても、私のところを語っていける

 

それは、とっても、とっても、ありがたいことなんだ。

 

そんなとき、私は、あなたのおかげで、一人ぼっちにならずに、たった独りの人間になっていけるんだ。

一人ぼっちで語るこわさ~エンカウンターグループと語りを支えるということ~おわりに

いかがだったでしょうか。

私は、あなたに私の声にした言葉のすがたをあなたの声で聞かせてほしい。

あらためて語る機会が増えたことで鮮やかに実感できた私のところです。

 

なんというか、

あらためて、語る中で一人ぼっちになっていくこわさと寂しさに出会えて、ホッとしてしまいました。

 

私がこれまでやってきたことは、間違ってなかった。

 

私がこれまでやってきたことは、必要なことだ。

 

言葉のすがたをたどらせてもらうことは、必要だ。

 

私が私になるために。

相手が相手になるために。

 

よかった。よかった。

 

必要だ。

 

必要だ。

 

必要なんだ!!!

 

 

母思うゆえに我あり  黒田明彦

 

 

 

 

人は、ユニークな経験を語れば、語るほど一人ぼっちになりやすい。

だから、自分にとって大事な経験を忘れようとしてしまうことがあります。

あなたにとってユニークな体験は、あなたをあなたにしてくれる体験です。

あなたが今、正体不明の生きづらさに悩んでいるとしたら、一人ぼっちになってしまうのが嫌で、いつしか、言語化するのをあきらめてしまったユニークな体験があるのかもしれません。

 

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