逆エンパス

他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由【逆エンパス的エネルギーロジック】

学校や会社、家族など、他者と一緒に生活している中で、相手の言葉に深く傷ついてしまうことってありますよね。

刺激への反応はそれぞれの人間の感受性によって違いますが、感受性が強い人は、ひとつひとつ、感じる刺激が早く、大きいので傷つきやすく、生きづらさを感じていることも多いと思います。

ところで、傷つきやすさは概ね感受性によって決まりますが、その後の、立ち直りやすさは何によって決まるのでしょうか。

いくつか答えはあるのでしょうが、今回の記事はその中の1つについて提示してみようと思います。

キーワードは、「割り切る」ということ、そして、「人間は、人間を侮辱してよいのか?」ということです。

興味のある方は読んでみてください。

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【他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由】他人の言葉に傷ついたエピソードの紹介

私は精神保健福祉の現場で働いていた期間が長いのですが、その中で精神障害を抱える多くの施設利用者たちと関わってきました。

私自身が「逆エンパス体質」という特異な体質を感じながら生きてきましたので、精神に障害があり、生きづらさを抱えている人達とはどこかシンパシーを感じながら仕事をしていました。

他の人とは違う、精神的な生きづらさを抱えているということが、どこか共通点のように感じられていたのです。

しかし、長く働いていると、やはり利用者との関係でもめてしまうこともあります。

私が、とある施設で働き始めたばかりのとき、利用者の一人から、皆が見る連絡掲示板に名指しで悪口を書かれたことがありました。

すぐに施設の責任ある立場の人を交えて、本人と私の間で話し合いがもたれ、とりあえず表面的なやりとりをして、丸くおさまったのですが、私としては深く傷つきました。

その利用者をこわく感じるようになり、胃は痛くなり、肌は荒れ、気持ちはどんよりと重たくなってしまいました。

同僚や上司には、「気にしすぎだよ」、「歓迎の一種だよ」などと、諭されたのですが、私は、私の反応の大きさに、心が弱いというレッテルを貼られてしまったかのような気分でした。

これは、10年以上も前のエピソードですが、私はあらためて、言葉の力を不思議に思っています。

物理的な暴力を受けたわけではないのに、私は、苦しみ、身体を痛め、明らかに不調に追いやられました。

相手はただ、掲示板に文字を書いただけです。

私の身体には少しもふれていません。

しかし、私の心境、そして身体の反応としては暴力を受けているのと同じ状態だったのです。

これは、相手の見えないエネルギーに殴られていたとも言えるような、私のユニークな体験なのです。

【他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由】私が相手の言葉から感じとったもの

当時の私が、掲示板に書かれた悪口と、その後の本人とのやりとりで感じ取ったものは、

人間を物のように扱い、優位性を示す。

相手を心がある、人格のある同じ人間だと思っていないかのような言動

相手のエネルギーとの調和への考慮がない、非社会的で、我儘なエネルギーの放出

このようなところです。

端的に言うと、私は侮辱されたのでした。

 

私はどうしてもそれが許せませんでした。

相手は障害を抱えているんだから、自分は相手を守る職員の立場なんだから。

そう頭では分かっていても、私には割り切ることができませんでした。

侮辱

それは、私にとって、絶対にやってはダメなことだったのです。

相手の尊厳を大事にしないこと、相手を同じ人間と思わずに接することはダメなことだったんですよ。

それが誰であっても。

それが誰に対してであっても。

侮辱のエネルギーロジック

職員と利用者という立場を考慮すると、物の本質が見えにくくなるので、ここでは忘れて、人間対人間の、エネルギーのやりとりだけを考えてみます。

相手はこちらのことを自分と同じ人間だとは思っていないかのように、物を扱うような気軽さ、安易さで、侮辱の言葉を書き記し、いたずらにこちらにエネルギーをぶつけてきているように私は感じました。

このやりとりのバランスをとるためには、こちらも相手を同じ人間だとは思わなという、侮辱のエネルギーを自分に認める必要があるのです。

それはつまり、侮辱の言葉には、侮辱の言葉で応じなければ、バランスが保てないということです。

当時の私には、相手に対する強烈な嫌悪のエネルギーが生まれていましたが、私を侮辱した相手に対してでも、侮辱するような言葉をもつことが、どうしてもできなかったのです。

もし、私が自分に、相手を侮辱することを許せていたら、「私は私を人間扱いしない人は、同じ人間だと思わなくて良い」とサラッと思えて、すぐに立ち直れていたかもしれません。

そして、身体も心も長く痛まずにすんだかもしれません。

私は誰かに侮辱されることが本当に許せなかった

私は誰かに侮辱されることが本当に許せませんでした。

どんな相手でも人間として尊重しなくてはならないという気持ちが強かったのです。

それはつまり、私が誰かを侮辱することを許せなかったということでもあります。

私は、相手を自分と対等の人間であるというところから、どうしてもロックを外せなかったのです。

立ち直りの早い人の場合は?

そういう場面で立ち直りの早い人、心のバランスを乱されにくい人は、瞬間的に相手を下に見ることができる人だと思うのです。

瞬時に相手を自分と同じ人間ではなく、小さな存在であると思える人は、相手に向けられたエネルギーに釣り合う強い言葉を簡単に自分に許せます

それができれば、心はかき乱されず、穏やかなままです。

単純明快に言うのであれば、

自分を人間扱いしないような相手は、こちらも人間扱いしない。

これがエネルギーバランスのとれた認知の仕方なのです。

当然、これを素直に行動化してしまうと、いろいろ問題になってしまうことを考えなくてはならないのですが、少なくとも気持ちの上ではそう思えないと、エネルギーバランスが釣り合わないのです。

相手のエネルギーへの反発によって自分に生まれたエネルギーをどうにかして対処できなければ、そのエネルギーは自分の心と身体にダメージを与えてしまいます

純粋な人ほど、表面上は親切にして、心の底では相手を侮蔑するというような割り切り方は難しいでしょう。

しかし、精神的に打たれ強い人は、当たり前のようにそれができているのです。

エネルギーバランスが内面でしっかりとれているからこそ、ダメージが少ない。

つまり、そういう人は、打たれ強いというよりも、打たれていないのです。

人を見下す、人間と思わない、自分と対等、同じだと思わない。

状況によっては、自分がこんな感覚を持つことを許せないと、エネルギーバランスは保てず、エネルギーが滞り、一方的に傷ついてしまいます。

感情探偵
感情探偵
どんな立場の人であっても、こちらの尊厳を簡単に傷つけてくるような、こちらを自分と同じ人間だと思わないで接してくるような人は、虫けらだと思えると、気持ちの上で割り切れて、立ち直れるってことだね!
クロダ
クロダ
む、虫けらって・・・。

【他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由】立ち直れない理由の結論

優しくありたい、親切でありたい、良い人でありたい、そんな願いは山々ですが・・・。

人を傷つけるようなことを言う人を心の中では同じ人間だと思わなくても良い。

エネルギーロジック的には、そう思えるかどうかは大事なところです。

さて、結論を言います。

あなたが他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由。

それは、あなたが、相手を侮辱することをおそれているからです。

人は自分を守るためなら、他人を侮辱しても良い。

これを自分に許せるようになれば、あなたは、たとえ他人の言葉に傷ついても、すぐに立ち直ることができるようになります。

そして、もしそうすることができれば、副産物的に、あなたは、あなたを侮辱した人さえも許せる可能性が出てくるのです。

【他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由】おわりに

いかがだったでしょうか。

あなたが他人の言葉に傷ついたとき、立ち直れない理由、それは、相手を侮辱することができないからである、という仮説を立ててみました。

相手に侮辱されたと感じたとき、自分には苦しいエネルギーが生まれてしまいます。

そのエネルギーは、それと同程度の強い言葉のすがたを持ちたがります。

そんなときは、そのまま、そのエネルギーが欲しがる言葉のすがたを与えてあげて良いのです。

つまり、あなたは、自由に相手に対する侮辱の言葉をもってさえ良い。

どうも人間は、生まれてしまった強いエネルギーが、言葉のすがたをもてないときに、心や身体を痛めてしまうようです。

エネルギーは、言葉のすがたをもつことが許されれば、それなりに落ち着きます。

あとは、それを許される条件のもとで放出、浄化できるかどうかです。

あなたが、あなたのエネルギーに、どんな言葉のすがたを持たせることも許せるようになれば、きっと生きやすくなっていくことでしょう。

そして、そうなっていけばいくほど、どんな相手のことも許せるようになってもいけるのです。

最も優しい人間は、最も優しくない言葉も自由に言える人なのです

その辺りのことを私の先生は、自在と言っておりました。

私は、自在人になりたくて、なりたくて、カウンセリングの学習を続けているのです。

 

多感な凡人 黒田明彦

 

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ー中学生時代逆エンパスエピソードー

とにかく毎回こわい人たちに絡まれ、対人恐怖症になる。

自他の自我が育ち、自分の身体から発生しているエネルギーが包み込む、区別のない一体感から引きはがされ、空虚感、喪失感に包まれる。

その空虚感、喪失感を埋めるように、恋愛に自分の関心がロックされる。

太陽は沈んでしまった。

ニトリに家具を買いに行った。

楽しそうに家具を選ぶ二人。

すれ違う人は、きっとこれから新しい生活が始まる二人に見えたことだろう。

しかし、本当は、この日を最後に別れる二人なのである。

最後のデート、最後の二人なのである。