体感と実感

体感とイメージ

世の中には理屈はわからないけど確かに感じられる…というような不思議な体感がたくさんあるように思います。たとえそれが実体のないメージにすぎないとしても、イメージは体感に影響を与え、体感はイメージに影響を与えます。今回の記事は思いつく限りそういうものをあげて、私の体験にもとづき持論を述べていきたいと思います。

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イメージとは

まずは、イメージという言葉の意味を確認し、簡単に考察してみたいと思います。

イメージの意味

イメージまたは心的イメージ、心象、形象、印象(英語: Mental image)とは、心に思い浮かべる像や情景のこと。ある物事についていだく全体的な感じ。また、何かの物体、出来事、または情景などを知覚する経験に極めて似通った経験であるが対象となるはずの当の物体、出来事、また情景が感覚において現前していないような経験を言う。

イメージについての考察

つまり、イメージとは、頭のなかに描いた像であり、それが現実にはないものであると自覚しているものであるということです。

そういう意味では、実際にお化けを見た!という感覚が、体感として存在するのであれば、それはイメージではなく、現実というしかなさそうです。

ではここで、存在するということについて考えてみます。

存在の意味

一般的意味―あること。あるいは、いること。また、そのある(いる)何か。

哲学的見地―他の何かに依存することなく、それ自体としてあるもの。ものの本質。

人間にとって-まず現実(リアリティ)としてあるもの。実存。

現象として-人の意識に映じているものや人が経験している内容。

存在という一つの言葉で、たくさんの捉え方があることがわかりますね。

私の感覚でいえば、現実感、リアリティも、現象といえます。つまり、個人が経験しているものこそ現実であり、存在であると言いたいのです。

そして、実際はすべての物が、客観的に存在していることを確かめる術はありません。(私の生身の感覚なしに、私は物の存在を捉えられない。)

私たちは物の実体を確かめることができない個人的な経験の世界に生きています。

こう仮定すると、基本的にその人が経験しているものは、その人の世界にはすべて存在しているという仮定もできます。

つまり、この大宇宙には、超常現象も、超能力者も、お化けも存在しうるということになります。

この記事にこれからでてくる種々の不思議な概念は、それにまつわる自分の体験を的確に表明できているかどうかこそが大事であって、科学的に証明、説明できるか、ということはまた別の話であると思います。

例えば、科学的じゃないという理由で、

自分の純粋な体験を意識することを許されず、それを自分の一部として認められず、自覚できなくなっていくという構図は、親子関係における子の心的不適応、不一致を生む構図に似ています。

つまり、私たちは、科学という支配的な文化によって抑圧され、自覚できなくなっている経験をたくさんもっているかもしれないということです。

もしかしたら、私にも、あなたにも、鍛えれば使えるようになる超能力が眠っているかもしれない!

不思議な体感イメージについて

これから現代日本で情報として出回っているいくつかの不思議体感や、イメージについてまとめ、簡単な考察を述べたいと思います。

スピリチュアル的体験

まず前提に…、科学的でないこと、ユニークな体験をまことしやかに語ると、差別されかねないという文化があるような気がします。だから、不思議な経験はあまりリアルには人に話さないほうがよい、というような感覚すら私にはあります。

スピリチュアルな分野も、真実味という観点だけでなく、異常にそれ自体を毛嫌いする人が一定の数いるような気がします。日本には世界的にも有名な精神障害者差別をしてきた国であるという悲しい歴史もあります。

ただ、最近ではスピリチュアルなことに関しては、エンターテイメントのひとつとして考えられてきている傾向もあるので、だいぶ一般的になってきてはいるようですね。

スピリチュアルの意味

英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する。

スピリチュアル用語の意味と検討

1、オーラ

オーラとは、生体が発散するとされる霊的な放射体、エネルギーを意味する。転じて、ある人物や物体が発する独特な、または霊的な雰囲気や、なんとなく感じる力、威圧感なども指す。

これは、私には違和感がまったくないですね。人のオーラをなんとなく感じる、なんとなくわかる。日常的にそんな感覚が溢れているように思います。人が醸し出す雰囲気のようなものと捉えれば、より一般的です。

2、チャネリング

 チャネリングとは、高次の霊的存在・大聖(神智学で言うマハトマ)・神・宇宙人・死者などの超越的・常識を超えた存在、通常の精神(自己)に由来しない源泉との交信法、交信による情報の伝達を意味し、アメリカで1980年代に隆盛した「ニューエイジ運動」の中で使われるようになった名称である。

たとえば大自然に囲まれて、科学とは無縁の毎日をおくっている文化であるのなら、こういう感覚って違和感がないのかもしれません。しかし、現在、コンクリートジャングルで科学にまみれた生活をしている私としましては、違和感を感じる概念ですね。

自分の意思を超えて、自分の力を超えて、どこからか言葉が届くという経験はカウンセリングの学習を始めてからは、私にとっては当たり前のことになっていますが、人知を超えた具体的な対象との交信となってくると、私には現実感がありません。

見えるもの、感じるもの、そして、イメージの力は、信じる力に依存するところがあると思います。そして、その信じる力は、環境、文化に強烈に影響を受けます

私の感覚ですと、強烈な現実感をともなったチャネリングの存在を否定はできませんが、現在日本でのそれらは、フィクション、演出であることが多いのでは?と言いたくなります。

3、輪廻転生

転生輪廻(てんしょうりんね)とも言い、死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う。ヒンドゥー教や仏教などインド哲学・東洋思想において顕著だが、古代のエジプトやギリシャ(オルペウス教、ピタゴラス教団、プラトン)など世界の各地に見られる。輪廻転生観が存在しないイスラム教においても、アラウィー派やドゥルーズ派等は輪廻転生の考え方を持つ。

人間が死ぬ。そして、魂が生まれ変わる・・・。

たとえば、生命が終わって、身体が朽ちるとき、それが宇宙に還っていくというイメージには違和感がありません。ただ、魂というものがあって、それが生まれ変わるということはちょっと、わからないですね。

多くの宗教にわりと共通して出てくる概念であることを考えても、そうでなくては説明できないような体験がいくつも紡がれていきているのかもしれません。

実際に外国には、小さな子供が前世の記憶を持っていたという具体的で真実味のある強烈なエピソードがいくつもあるようです。

例えば、私自身の経験でいうと、小学生ぐらいですかね、本格的に勉強が始まったときに、教えてもらった記憶がないのにスラスラと答えが分かるという時期がありました。最初から知っていたという感覚です。まぁ、中学校ぐらいでその感覚はピタッと止まって、教えられてもわからないことばかりになってしまったわけですが。

私の理解としては、父親が勉強してきたものまでは、もう自分の脳みそに入っているのだと思っていました。私の父親は中学までは卒業しているので、そこまでの知識は遺伝的にもらったのだと。そして、そこから先は私自身が開拓しなきゃいけないんだな、と納得していました。

もしこれが、前世の影響を受けてのことだとしたら、私の前世の最終学歴は中学校だったのでしょうね。

4、ライトワーカー

人間を「不安」や「恐れ」から救うために、またスピリチュアルな世界の架け橋となるために、自分で地球という場所を選んで生まれてきた存在

ライトワーカーの特徴は次の通りだそうです。

自分はどこか違うという感覚を幼い頃から持っている

周りの人々とうまく溶けこめず孤独を感じやすい

心にブレがない

一人でいることを好む

感情移入をしやすく、人々の感情やその場の空気に敏感

ポジティブ思考

チャレンジ精神旺盛

直感力、洞察力に優れている

人混みや大きい音が苦手

権力や強い組織を好まない

小さい頃から自分が生きる意味や使命について考えることが多い

セラピスト、カウンセラー、看護師、教師などの仕事に就いている

神秘的な雰囲気の場所を好む

これを見る限りだと、私も宇宙人の生まれ変わりの可能性がありますね。私だけじゃなく、HSPなど、敏感な感性の持ち主は大体該当してしまいそうです。

ハイリー・センシティブ・パーソン(英: Highly sensitive person, HSP)とは、生得的な特性として、高度な感覚処理感受性(あるいは、カール・ユングの造語で言えば生得的感受性)を持つ人のこと。共通して見られる特徴として、大きな音、眩しい光・蛍光灯、強い匂いのような刺激に対して敏感であることが挙げられる。HSPはしばしば、豊かで複雑な内的生活を送っているという自覚をもっている。物事に対して容易に驚き、短い時間にたくさんのことを成し遂げるよう要求されると混乱するという性質を持つ。エレイン・N・アーロンや他の研究者によると、HSPは人口の約五分の一を占めるという。

ポイントは、自分自身に感じる違和感のようなものがあるかどうかです。ちょっと古い言葉でいうと、セルフプレコックス感というやつですね。自分自身に強烈な違和感を感じているとき、自分は皆と同じ地球人だと思えないという感覚はわりとしっくりくるのかもしれません。

私にも、セルフプレコックス感がないことはないですが、せいぜい、自分は他の人に比べて〇〇すぎる、という暮らしにくさを抱えている程度で、自分が地球人であることには違和感はありません。

したがって、私の体感では、私は宇宙人の生まれ変わりである、というようなイマジネーションはしっくりきません。

5、レイキ

手をかざす、または直接相手の体に手を置いて、生命エネルギー「レイキ」を流し込むという考え方・実践である。その効果としては、生命力の活性化を図り、生体内のエネルギー・バランスを調整し、自然治癒力を高めるとされる。

これは日本発祥で、「霊気」のことだそうです。逆輸入というやつですね。

個人的な感覚でいうと、相手に直接的な影響を強く与えることのできるオーラって、管理がすごく大変なんじゃないかと思います。なんとか社会に適応できている私程度の感性ですら、うまく統制を取りながら生きていくのは大変だというのに。

オーラを扱って、本当に奇跡的な処置ができるような人は、もし存在したとしても、おそらくほんの一握りだろうと思います。そして、その体質のせいで、日々苦労することのほうが多いんじゃないかなと思いますね。

6、高次元の存在

神や仏など、人間を超えた存在。

常日頃から、そのような存在が、私の暮らしを、私の自己実現を助けてくれるなら、助けて欲しい!そんな心境にはなることはありますね。

実際いろいろな仏像とか、天使の像とかを見るとすごいアートだなぁと思うし、色々な神々しい神や仏のエピソードを調べると、本当に人間のイマジネーションというのはすごいとしか言いようがないですね。まさに天才的な“神懸ったイマジネーション”ですね。

個人的には、人間は、精神的に健全であり続けるためには、人間を超えた力というか、大いなる流れに身を任せるような感覚がどうしても必要なのだと思っています。

私も祈ることがたまにありますが、その対象は明確な像をもっていません。ただ、何か広い場所みたいなイメージは浮かびます。それは、私に言葉を届け続けてくれている場所です。私はそこに向かって祈ります。ごくたまにですけど。

日常では、絵に描いたようなオーソドックスな像をもった神や仏に向かって、助けてください!と懇願しています。なかなか思い通りにはいきませんが。

心霊現象、幽霊について

心霊(しんれい)ー「神霊」とも書き、サブカルチャーの世界では、超常現象あるいは超能力の意味として用いられる。1910年代の念写写真が「精神のなせる写真」という意味合いで心霊写真と呼ばれていたのだが、その後見世物としての幽霊トリック写真が流行した際、この言葉が広く使われ、心霊=幽霊という意味合いが定着した。

幽霊 – 本来は玉のような形の見えない精霊(しょうれい)となって幽世(かくりよ)に旅立つべきなのに、生前の人の姿で現世(うつしよ)に留まってしまうもの。

妖怪・妖怪変化 – 本来は通常の寿命を全うするだけだが、長く生きた若しくは長く使われたことにより、霊魂が宿ったため変化したもの。

幽霊とかお化けとか言われるものは、基本的には魂というものの考え方、つまり上記の輪廻転生が前提としてありそうですね。

上にも記しましたが、魂が残るとか、生まれ変わるという感覚は私にはよくわかりません。それなのに、心霊写真とか幽霊は、理屈抜きに怖いですね。これはよく考えると不思議です。

私には霊感がないことを自覚していますが、心霊写真やお化けの怖い情報を見た後は、おびえモードにバチっとスイッチが入れ替わって、全感覚が過敏になり、普段見えないものが見え、聞こえないものが聞こえてしまう自信があります。

多分、そんな状態の私にはお化けも見えてしまう可能性が高いです。体感がイメージに食われてしまうと表現したくなるような感覚ですかね。

しかし、なんであんなにお化けって怖いんですかね。問答無用、理屈なしの怖さです。

超能力について

超能力とされる現象として、例えば「手を触れずに物を動かす」、「人の心を読み取る」などの能力が挙げられており、種類に応じて名称が与えられている。このような能力についての言及は古代より存在しており、インドのヨーガの領域での「シッディ」(悉地)、仏教での「神通力」(六神通)が知られている。超能力の存在に対し、系統立った実験的研究が1世紀以上に渡って続けられているにもかかわらず、依然として超能力の存在には異論が存在する。

超能力は、様々なフィクションの作品の題材にもされていますね。小さいころからそれらを見てきている私としては、超能力に対して強い憧れがあります。やっぱり、人とは違うすごい能力は魅力的なものです。

しかし、私の現実的な感覚では、もし本当にそれが存在したとしても、自分の意志で自在に操れるということはほとんどないのではないかと思います。ただ、刹那的、偶発的、そして無自覚的には結構ありえるかもしれません。虫の知らせ、などという言葉もありますね。

情報を見る限りでは、超能力は上記のスピリチュアルや、お化けよりもはっきりとペテンと疑惑の歴史ができあがっていますね。メディアの露出の仕方も問題だったのでしょう。

超能力は、もし本当に存在した場合、ズルいことや、危ないこともできてしまう能力ですから、多くの人に、信じる心よりも、疑う心を生んでしまいやすいのかもしれませんね。

科学的思考が可能な体感イメージについて

見えないもの、実体のないものを知覚したり、不思議で、不可解な体験でも、明らかに科学的思考で説明できるものもあります。

そして、それがその人の生活にとって不自由なものであり、また、社会的に周りの人に迷惑をかけてしまうものになると、病院に行って治療する必要があるものもあります。

たとえば、これまで記してきた様々な不思議な現象について、人がリアリティ強く訴えた場合、それを科学の枠だけでとらえられたとしたら、あるいは脳の不具合、あるいは心の病気とみられてしまうかもしれません。

金縛り

金縛り(かなしばり)は主に就寝中、意識がはっきりしていながら身体を動かすことができない症状を指す。身体が締め付けられるような感覚からこう呼ばれる。

医学的には睡眠麻痺と呼ばれ、睡眠時の全身の脱力と意識の覚醒が同時に起こった状態である。思春期に起こりやすく、仰向けの姿勢、不規則な生活、寝不足、過労、時差ぼけやストレスなどから起こるとされる。

脳がしっかり覚醒していないため、人が上に乗っているように感じる、自分の部屋に人が入っているのを見た、耳元で囁かれた、身体を触られているといったような幻覚を伴う場合がある。これは夢の一種であると考えられ、幽霊や心霊現象と関連づけられる原因になっている。

暗示

暗示(あんじ、英: suggestion)は、言葉や合図などにより、他者の思考、感覚、行動を操作・誘導する心理作用のことをいう。暗示にかけられた者は自然にそうなったと考え、それが他者による誘導によるものであることに気が付かない。特に催眠状態において暗示は最も効力を発揮する。

思い込み

思い込み(おもいこみ)とは、深く信じこむこと。また、固く心に決めること。

ある考え方に執着し、合理的な推定の域を超えて、固く真実だと信じること。本人が正当性を主張する常識・道徳・前例などの根拠が他者と全く共有できないものである場合も珍しくなく、他者が合理的な説得をしても信じてもらえない。

個人的な思い込みもあれば、集団的な思い込みというものもある。穿った見方をすれば、科学を人類最大の思い込みと捉えることもできるかもしれない。

思い込みは、悪い意味で使われることが多いが、目標達成の原動力にもなる。

偽薬

偽薬(ぎやく)は、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。成分として少量ではヒトに対してほとんど薬理的影響のないブドウ糖や乳糖が使われることが多い。プラシーボ(英語: placebo )、プラセボ(フランス語: placebo )ともいい、いずれもラテン語:プラケーボー(「私は喜ばせる」の意)に由来する。医学・薬学では「プラセボ」を用いることが多い。

偽薬を処方しても、薬だと信じ込む事によって何らかの改善がみられる。この改善は自覚症状に留まらず、客観的に測定可能な状態の改善として現われることもある。原病やその症状自体の改善というよりは、「薬を飲んでいる」事による精神的な安心感の方が目的となる事もある。

錯覚

錯覚(さっかく、英:illusion)とは、感覚器に異常がないのにもかかわらず、実際とは異なる知覚を得てしまう現象のことである。対象物に対して誤った感覚や認識を得るのが錯覚であり、存在しない対象物を存在すると見なしてしまう幻覚とは区別される。

一般に、錯覚は知覚の誤りと考えられていて、感覚・知覚・認識過程のどこかの部分がミスしたことで生じる、と認識されている。しかし、心理学でいう錯覚とは、間違いや誤りの類いでは無い。注意深く観察しても、予備知識があっても生じてしまう、人間の感覚・知覚特性によって作り出される現象を指す。

幻覚

幻覚(げんかく、英語: hallucination)とは、医学(とくに精神医学)用語の一つで、対象なき知覚、すなわち「実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状」をさす。聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの幻覚も含むが、幻視の意味で使用されることもある。実際に入力のあった感覚情報を誤って体験する症状は錯覚と呼ばれる。

幻聴(auditory hallucination):聴覚の幻覚

実在しない音や声がはっきりと聞こえることをいう。聞こえるものは要素的なものから人の話し声、数人の会話と複雑なものまで程度は様々である。てんかんなどでも起こりえるが、会話の場合は統合失調症の可能性が高くなる。

幻視(visual hallucination):視覚性の幻覚

実在しないものがみえるものである。単純な要素的なものから複雑で具体的なものまで程度は様々である。多くの場合は意識混濁という意識障害時に起こることが多く、特にアルコール中毒といった中毒性疾患や神経変性疾患でよく認められる。他の例として、遭難中に幻視を見ることが多い。こちらは逆に救助者や飲み物、帰る家など自分の期待するものを脳が作り出すと見られている。

幻嗅(olfactory hallucination):嗅覚の幻覚

頭部へのダメージなどで無嗅覚症になった人や鼻炎などで嗅覚を失った人が、視覚など他の感覚からの情報と記憶から幻臭を感じることがある。また、嗅覚があっても偏頭痛やPTSDなど、他の疾患と関連して発症する場合もある。現実の経験では嗅いだことのない説明困難な臭いを感じる人もいる。

たとえば統合失調症の人の妄想や、幻覚体験の話を聞くとき、その話を信じ込み、助長してしまうのは良くないという話はよく聞きます。

しかし、その体験は本人にとってはとてつもないリアリティを持っているという事実を理解することは大事なように思います。その上で聞き手自身が感じている現実を偽らず、場合によっては伝えてみるのも一つの手です。大事なのは、今不安で、落ち着かない人に対し、どのような言葉や、態度をむければ、お互いに落ち着いていけるか、ということです。

自分の現実を否定される辛さを想像しにくい人は、異世界に一人で迷い込んで、自分の慣れ親しんでいる科学的思考を徹底的に差別されることを思い描いてみてください。

例)火を料理に使う?お前は魔女だな!

体感とイメージ、まとめ

種々の不思議なイメージは、自分の体感・経験などの現象を人間の力を超えているかのような天才的なセンスで言語化、映像化したものだと理解することはできます。

イメージは体感に影響を与え、体感もイメージに影響を与えます。

そして現象学の見地に立てば、この大宇宙は、実体のない個人的な経験の宇宙。

どうやら人間は、自分の信じられるものを信じ、自分の救われるものに救われて良いようです。

科学や、人間の力で操作しきれないイマジネーションを受け入れてしまうほうが、実は現実的であり、人間は生きやすいのかもしれませんね。

 

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