光のいのり

逆エンパス

動物と逆エンパス、純粋なる生命の塊

動物と逆エンパス

好評いただいている逆エンパス診断ツールですが、ヴァージョンアップ前は、逆エンパスは動物と相性があまり良くないという項目を作っていました。

しかし、Ver2.0で、その項目を削除しました。

もともと逆エンパス診断ツールは、エンパスと逆エンパスを分けるためのツールです。

私の経験上、動物相性はエンパスのほうが良いであろうと判断したために作った項目ですが、先日、ラインでお友達登録してくれている逆エンパスさんたちにアンケートをとってみたところ、ほとんどの人が動物との親和性を感じているようなので、動物との相性でエンパスと逆エンパスの特徴を分けるのは難しいと判断しました。

今回の記事では、私が逆エンパスはエンパスほど動物との相性は良くないのではないかと感じた根拠となる、私の人生経験をあらためて書いてみようと思います。

興味のある方は読んでみてください。

日々、愛が足りない。

【動物と逆エンパス】小さな頃の私と動物

動物と逆エンパス_小さな頃の話

私がまだ逆エンパスエネルギーを抑える必要がなかった小さな頃、私の実家では、インコやジュウシマツなど小鳥を飼っていました。

私は、小さな頃、その小さな鳥にとても大きな親和性を感じていた…ということはありませんでした

特に惹きつけられることもなく、積極的にコミュニケーションを取りたくなるような対象でもありませんでした。

今思い出すと、小さな頃から動物への関心は薄かったかもなぁという感じがしています。

私とは違う何かが、ただそこにいる、という感覚です。

私は、それよりも超合金の合体ロボットの方がよっぽど好きだったのです。

【動物と逆エンパス】野生動物との苦い思い出

動物と逆エンパス_野生動物

小学校の頃、友達と二人でもう一人の友達の家に遊びに行く途中、首輪もなく、放し飼いにされていた犬に威嚇され、こわいと思って走って逃げた瞬間、その犬が私のほうを追いかけてきて、ガブッ!と、足を噛まれました。

また、撫でようと思って、良かれと思って、野良猫に近づいたら、威嚇され、シャッ!と、引っかかれたこともあります。

なんというか、小さい頃は野生的なものに近づいたときに良い思い出がありません。

【動物と逆エンパス】思考が関与しない生命の塊

動物と逆エンパス_生命の塊

また、いつしか、私は、動物など、自己意識のない、もしくは自己意識の小さい対象をこわく感じるようになりました。

私は、それらを余計な思考のない、自分の身を守るために本能的で思い切りの良い動きをする生命の塊として認識するようになりました。

それは、私が逆エンパスの放出エネルギーに無意識に反撃してくる人間を恐れる感覚と非常に近いように思います。

【動物と逆エンパス】純粋なるものへの介入

動物と逆エンパス_純粋への介入

さらに、これもいつからかは覚えていませんが、私は、この純粋なる生命の塊私の作為で曲げてはいけない!という感覚を持つようになりました。

野生、本能、そのままの生命。

それにふれることで、それらに浸食してしまうこと、それらの純粋性を汚してしまうことが、なんとなく嫌だったのです。

自分の愛着欲求で生命の純粋性を汚すということが、嫌だった。

私たちの道は初めから交わっていない。

だから、交わらないまま、それぞれの道を歩いていくほうが自然な感じがする、という感覚があるんですよね。

動物は、自分の身を守るために人間から逃げていくほうが自然な感じがするというか…。

だから、猫がきまぐれに人間にすり寄ってくる感じというものに、違和感を感じたりもしました。

それは、なんだい?

それは、なんの動きだい?

と、疑い深く首をかしげたくなるような感じと言うか…。

今は、とても好きですが、私は、わりと猫が苦手に感じる時期が長かったように思います。

【動物と逆エンパス】ペットとしての動物

動物と逆エンパス_ペットとしての動物

こんなことをいうと、とても面倒くさがられてしまうかもしれませんが、私は、なんというか、ペットとして人間に創られた動物に違和感があるんです。

人間の作為によって交配され、人間のために創られた、不自然に可愛い生命という感じがして、違和感を感じてしまう。

だから、なんか雑種の犬猫を見ると落ち着くんですよね。

どちらかというと、彼らのほうが自然に仲良くしたくなるというか、親しみがわく。

自然な不仲、不自然な仲良し

私の中で、食肉となる家畜は、人間が生きてくために必要だから…と都合よく理解してしまうところが申し訳ないのですが…。

なんか、動物って、外の世界で出くわして、ちょっと心を通わす程度が自然なのかなぁ、などと考えてしまうのです。

そもそも、仲良くしすぎるほうが不自然じゃないだろうか、と。

もちろん、ペットになった動物に人間以上に愛情を注ぎ、エネルギーを注ぎ、一生を添い遂げる。

そんな心温まる交流がたくさんあることは知っています。

ペットは家族であり、友達であり、ソウルメイトである。

その感覚は想像できるんです。

それも、縁であり、境遇があってのことです。

人間によって、野生ではない運命を生きる動物は、

しっかり人間と一緒に歩き、一緒に生きるのが、また自然なのでしょう。

愛に包まれた暮らしがしたい

【動物と逆エンパス】私とペット

動物と逆エンパス_私とペット

かく言う私も、実は、実家で柴犬を飼っていました。

しかし、なんというか、私と、彼の生きる道は、必要以上には重ならず、それぞれの道を生きていたという感覚があります。

たまに遊び、たまに心を通わせ合った。

私は、彼を眺めているのが好きでした。

太陽の光を浴びて、黄金色にキラキラと輝いていた。

ステキでした。

ペットとの共感現象

私は、彼から深い思考を感じることはありませんでしたが、2度ほど共感現象があった思い出があります。

1つは、ある日の夜。

珍しく夜鳴きする彼。

私は、その声に起こされてしまったので、とりあえず庭に様子を見にいきましたが、特に変わった様子はない。

小屋から出してやると、家の周りを少し走り回っただけで、すぐ私のそばに座り込む。

どうしたいのかわかりません。

私は、何も声をかけず、そのまま近くにあった、椅子に腰かけて、そこでウトウトしました。

彼は珍しく、私の足元で丸くなって寝ました。

彼は、ただ寂しかっただけなのでしょうか。

しばらく、一緒に寝ていたら、スッと自分から小屋に帰っていきました。

その時、私は、何か彼と通じ合えたような気がしたのです。

もうひとつ、これは錯覚かもしれませんが。

私が中学生の頃、同級生の友人の父親が急逝しました。

私は、父親という存在がいなくなるというこわさ、寂しさを想像し、とてもとても辛く、悲しい気持ちに襲われました。

そして、涙声で、実家の庭にいる彼に話をしたのです。

そのとき、私には、彼が一緒に泣いてくれているように見えました。

私の記憶には、実際に彼が涙を流してくれているような映像が残っているのです。

私の家族はどちらかというと、暖かい、幸せな家族ではありませんでした。

そんなところで一緒に生活しなくてはならなくなった彼に、申し訳ない気持ちがあったことは、はっきりと覚えています。

そういう意味では、彼は私と境遇を共にした、

家族の一員だったことは間違いありません。

【動物と逆エンパス】おわりに

動物と逆エンパス_おわりに

書いていて途中で、動物とあまり仲良くしようと思えない自分は冷たい感じだなぁ、という言葉が浮かんできました。

不自然な可愛さに抗ってしまう私。

あらためて、自分で自分が面倒くさいですが、この辺りに逆エンパス性を感じ、以前は、診断ツールにも項目としていれていたのでした。

最後に思うことは、生まれ方を選べないのは、動物も、人間であるこの私も同じなんですよね、ということ。

それぞれが、それぞれの境遇をただ、生きている。

だから、何かの縁で一緒に暮らすようになったら、それぞれが楽に生きられるように上手くやっていこう。

それしかないですよね。

ペットは、人間の自分勝手な欲望、人間の愛玩のために生まれた生き物かもしれない。

その現実を丸っと飲み込んで。

もし、縁があったら、一緒に歩いていこう。一緒に暮らしていこう。

お互いが心地よく、この毎日を生き抜いていくために。

母思うゆえに我あり 黒田明彦

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