体感と実感

実感と悟り

私はカウンセリングの学習を通し、人間が健やかに生きていくためには、「実感できる」という感覚が大事であると学んできました。私たち人間は、種々の実感を失うときに自分自身や、人生に迷うのではないでしょうか。

この記事では実感という言葉が表しているところを、悟りという体得にもふれながら、出来る限り説明し、実感についての理解を深めていただこうと思います。

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1、実感について

a、実感の意味

実感の一般的な意味

1 実際に事物・情景に接したときに得られる感じ。

2 実際に実物に接したように、生き生きと感じること。

Q実感ってどんな感覚?

身体感覚、感情、自分自身であるということ、生きていること、各種社会的な役割などが、特に証明や説明、解説、意味すらも必要なく、それ自体ではっきりしているという体感

b、実感を失ってしまう症状

この実感を著しく失ってしまうような状態をいくつか紹介します。これは、基本的には解離という症状の枠組みで説明できると思います。軽いものであれば、これまでの人生の中で多かれ少なかれ、誰もが体験したことがあるのではないでしょうか。 

解離

解離(かいり、英語: Dissociation)とは、無意識的防衛機制の一つであり、ある一連の心理的もしくは行動的過程を、個人のそれ以外の精神活動から隔離してしまう事である。抽象的に表現するならば、感覚、知覚、記憶、思考、意図といった個々の体験の要素が「私の体験」「私の人生」として通常は統合されているはずのもののほつれ、統合性の喪失ということになる。

解離には、日常的に起こりうる正常なものから、障害とみなされるまでの広い範囲がある。例えば、不幸に見舞われた人が目眩を起こし気を失ったりするが、これは正常な範囲での「解離」である。

解離は、それぞれの人にとって大きな精神的苦痛、限界を超える苦痛を感じた時、感情を体外離脱体験や記憶喪失という形で切り離し、自分の心を守ろうとする動きである

この感情を切り離すというレベルの解離は、実に多くの人が無自覚に体験していると思われる。

精神障害となるのは重症の場合であり、つまり、著しく苦痛であったり社会的機能の障害をもたらしている場合である。解離性障害に分類される個々の障害は、DSM-5では以下が挙げられる。

離人感・現実感消失障害

自分が自分の心や体から離れていったり、また自分が自身の観察者になるような状態を感じること。自分を外から見ているような、夢を見ているような感覚。

解離性健忘

ストレスに満ちた出来事の記憶が欠落している。

解離性同一性障害

解離の中でもっとも重いものであり、切り離した自分の感情や記憶が裏で成長し、あたかもそれ自身がひとつの人格のようになって、一時的、あるいは長期間にわたって表に現れる状態である。

特定不能の解離性障害

トランス状態等でも著しい苦痛が生じればこれが診断されうる。

ある程度の離人症や現実感喪失(実感の喪失ともいえる)は、一時的な不安やストレスなどによって誰にでも起こり得るものである。慢性的な離人症は、重度の精神的外傷、長期持続したストレス・不安などに関係している。

離人症・現実感喪失は解離性障害において最も重要な症状であるが、さらにそれ以外でも、不安障害、うつ病、双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害、など様々な精神障害でも顕著な症状である。

自明性の喪失

統合失調症の代表的な症状といえば幻聴妄想というのが一般的ですが、本人が自覚するところでの一番の苦しみが「自明性の喪失」である、という話があります。多くの人は、一つ一つの出来事を、それまでに獲得した知識の自然な積み重ねから、直感的に理解できる「説明不要の当たり前な体験」として把握でき、整理することができます。そして、いつくものそのような当たり前体験を前提として、コミュニケーションを成り立てているのです。

「自明性の喪失」とは、そのような「説明不要の当たり前体験」の喪失であり、それによって、一般的で安心な日常生活や対人関係を、おくることができなくなってしまうのです。

2、悟りについて

a、悟りの意味

悟りの一般的な意味

1 物事の真の意味を知ること。理解。また、感づくこと。察知。

2 仏語。迷妄を払い去って生死を超えた永遠の真理を会得すること。

一般的な言葉の意味としての悟りとは、知らなかったことに気付くことです。

そして、仏教における悟りとは、宗派によって考え方の違いはあるものの、共通している考え方としては、真理に目覚めること、迷いを払拭することがあげられています。

仏教でいうところの真理は、諸行無常諸法無我を理解し、涅槃(ねはん)の境地に至ることで、迷いを払う(煩悩から解放される)ということです。

諸行無常

この世の現実存在(森羅万象)はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。

諸法無我

全てのものは因縁によって生じたものであって実体性がないことをいう。

涅槃(ねはん)

仏教において、煩悩を滅尽して悟りの智慧(菩提)を完成した境地のこと。

b、仏教的悟りのいろいろ

初期仏教の悟り

苦しい修行を乗り越え、欲望、憎しみ、執着心など、身心を乱し悩ませ智慧を妨げる心の働き(煩悩)の世界から抜け出せば、人は解放され、悟りを開くことができる。

大乗仏教の悟り

自分が悟りに至るためには、他人が悟ることが必要だとの考えに至る。世の中のすべての人々の救済を願い、ひいては世界平和の実現に向けて努力していく生き方(菩薩行)によって悟りを開くことができる。

悟りの対象、大宇宙の真理とは、すべての人が本当の幸福になれる真理

これを「真如(しんにょ)」という。

真如は、言葉で表せるものではない、実感、体得である。

この言葉を離れた世界の実感、体得を、他の人に伝えるためにに一生懸命言葉にしていたのが、お釈迦様ということですね。ちなみにお釈迦さまは35歳で真如を体得されたそうです。

c、言葉と実感

自分の体感、実感しているところは、言葉になって初めて現実化します。逆に言えば、自分の体感は、自分の言葉になって初めて実感できるという感じです。極端なことを言えば、人間は、言葉なしには認識そのものができず、何も感じることはできません。

しかし、自分の体感、実感しているところが言葉になったとしても、その体験、実感を相手に伝えることはできません。伝えられるのは言葉の一般的な意味と、すがただけです。自分の体験や、実感を相手に渡すことはできないのです。

私は、私の目で見た、文字や言葉、それまで私が学習してきた、体験してきた、脳や身体に残っている記憶と照合することでしか、あなたの言葉を理解することができない。

私の脳と身体が記憶しているすべての体験が宿る言葉と、あなたの脳と身体が記憶しているすべての体験が宿る言葉が、一緒だと言えるわけがない。

しかし、日常ではそこが全く違うものであるということを疑うことすら忘れてしまえるのだ。

3、カウンセリングの学習と悟り

a、解離とカウンセリング

私は、カール・ロジャーズのいうところの自己不一致は、広く言えば、現代でいうところの解離にあたるところであると解釈しています。

カール・ロジャーズ

カール・ロジャーズ(Carl Ransom Rogers, 1902年1月8日 – 1987年2月4日)は、アメリカ合衆国の臨床心理学者。来談者中心療法(Client-Centered Therapy)を創始した。カウンセリングの研究手法として現在では当然の物となっている面接内容の記録・逐語化や、心理相談の対象者を患者(patient)ではなくクライエント(来談者:client)と称したのも彼が最初である。1982年、アメリカ心理学会によるアンケート調査「もっとも影響力のある10人の心理療法家」では第一位に選ばれた。学生時代に1度、その後も2度来日している。

カール・ロジャーズがいうところの自己不一致とは、人間が自身の体験を自由に意識化できず、それを自分のものとして感じられないありよう。心的不適応の原因として考えられている。

つまり、この自己不一致の改善をパーソナリティの建設的な変化の要件にあげている、カール・ロジャーズのカウンセリング(来談者中心療法)解離的な症状との相性は良いのではないかと思っています。

もちろん、非常に重い症状が、みるみる治っていきますなんて保証はまったくありませんが、認知行動療法や、薬物療法に比べれば、アプローチの方向性として、適応があるのではないか、チャレンジする価値があるのではないかと思っています。

カウンセリングは、自己不一致を自己一致に向かわせるための合理的なアプローチです。それは、解離的症状を、再び統合させるためのアプローチと言っても過言ではないのではないでしょうか。

それはつまり、カウンセリングとは、実感できなくなっているいろいろな自分自身を、実感できるようになっていくプロセスであると言いたいのです。

b、カウンセラーに必要な体得と悟り

また、私が学んできたこれまでのところでは、機能しているカウンセラーの態度と、上記の悟りの体験は近いものがあります。

機能しているカウンセラーの態度1

カウンセラーは、自分自身の今ここの感覚(実感)に敏感であり、クライエントの今ここのありように適切に反応できる状態である。

この今ここの感覚の実感、体得こそ、まさに諸行無常の悟りの部分であると言えます。

機能しているカウンセラーの態度2

カウンセラーは、クライエントの、いや、ありとあらゆる生物のより機能する方向へと力強く向かっていくはたらきを信じられている。

この、より機能する方向へと力強く向かっていくはたらきの実感、体得こそ諸法無我でいう、因縁の悟りの部分であると言えます。

この悟るという状態、(今回紹介できたのはほんの一部なのですが)、例えば、上記の諸行無常と、諸法無我が、頭で理解できているという状態ではなく、身体で実感できている状態なのではないかと私は考えています。

実感とは、頭で意味を理解しているというレベルではなく、身体で疑いようもなく感じ、あえて説明する必要も、表明する必要も感じないほどにぴったりとフィットして、当たり前になっている状態です。

c、私にとってのカウンセリング学習

私にとってのカウンセリングの学習は、それまでの人生において、解離してしまった私の感情体験とのであいの連続であり、今ここの体験と、人間の成長に向かう方向性実感するためのプロセスでした。

この体験は、本当に素晴らしいもので、多くの人に伝えていきたいものでもあります。

しかし、上記にも書きましたが、体験を現実化するには、言葉が必要ですが、言葉を伝えることで自分の体験を他者に伝えることはできません

この学習を伝えていくのに必要なことは、論理的で丁寧な説明ではなく、実際にカウンセリングの学習を体感してもらうより他ないのです。

そのためにも私は、まずは、興味を持ってもらい、そして、多くの人にカウンセリング学習の体験の機会を提供できればと思っているのです。

 

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