冥王の唄

幸せな人生は気分で決まる・幸せな気分のつくりかた―背景灰色論

やぁ、冥王だ。

私は今、ブログを書いたり、電子書籍を書いたり、エンカウンターグループをやったり、カウンセリングをやったりしているが、10年以上もの間、精神保健福祉の分野で働いていた。

何人もの精神障害者の人と生活を共にして、生きていた。

最近になって、当時、私が精神障害を抱えている人と関わっていくなかで、フワフワと頭の中に浮かんでいた言葉を思い出した。

「背景灰色論」

実際、何人かの精神障害者に説明してみたが、全く響かなかった私の持論だ。

今回は、この場を借りて、背景灰色論を展開してみる。

ついでに幸せな人生をつくる、幸せな気分のつくりかたも紹介する。

ちょっと興味あるでしょ?

それでは始める。

さあ、今回も言葉と一緒に遊ぼうぜ!

 

 

人は背景(気分)に支配されて生きる

長らく精神保健福祉の現場で精神にハンデを持つ人と関わっていて感じていたことがある。

それは、落ち込んだ気分になっているときは、どんなに頑張ってもその気分に見合った言葉が思い浮かび、考えるというアプローチでは、そこから抜け出せないということ。

灰色の気分のときには必ず灰色の言葉が頭の中にやってくる。

バラ色の気分のときには必ずバラ色の言葉が頭の中にやってくる。

だから、気分が灰色のときは、考えるのではなく、寝てしまうとか、薬を飲むとかして、まずはその気分のほうを先に変える工夫をした方が合理的なんだ。

精神にハンデのある人は、理由なく気分が落ち込む

特に精神にハンデのある人は、季節やら気候やらの影響で、別に大きな出来事があったわけでもないのに、気分がどんより灰色になってしまう人が多かった。

そんなとき、その気分のままに、辛い言葉を並べたてることは、合理的じゃないな、といつも感じていた。

背景が灰色のときは、その世界の全ての色が、灰色に飲まれてしまう

その灰色の背景の世界で頑張っても良いことがない。

まずは背景を変えることから始めよう。

背景から生まれる言葉で、背景を変えるのは難しい

背景は、その背景から生まれている思考、言葉によって変えることは難しい。

背景から生まれる思考、言葉は、その背景が具現化されているものに過ぎないから。

気分(背景)がガラッと変わるには、外的な要因か、身体的な要因が必要なんだ。

だから、灰色の気分に溺れてしまうのではなく、灰色の気分を変えるための直接的なアプローチをしよう。

背景が灰色のときは、まずはそれを自覚し、その灰色の背景を変えるようなアプローチが必要なんだ。

これが私の背景灰色論だ。

人間は気分(背景)で全てが変わる

人間は気分(背景)に合わせて、人間性も、性格も、行動も変わる。

落ち込んでいるときに、変える必要があるのは、人間性や、性格や、行動ではなく、ただ気分だけなのかもしれないんだぜ。

まずは、気分を変えるところから考えてみよう。

言葉の力で、気分を変えることはできるか?

言葉の力によって、思考を深めていくと、気づきやら、発見やらが起こる。

しかし、その気づきやら発見は、結構気分に依存している。

灰色の世界では、灰色の世界なりの発見が起こるし、バラ色の世界では、バラ色の世界なりの発見が起こる。

それぞれが大事な発見だ。

ただ、灰色の世界の人の気づきは、バラ色の世界の人にはあまり必要ない。

バラ色の世界の人の気づきは、灰色の世界の人にはあまり必要はない。

人は、今の自分の気分(背景)に合った言葉を求める。

灰色の背景(気分)を、イメージの力だけで塗り替えることができるか?

灰色の背景(気分)を、イメージの力だけで塗り替えることができるか?

これは、できることはできる、が、相当難しいというか、やり続けるには無理がある、というのが答えだろう。

気分とは、身体からのメッセージだ。

身体のはたらきや、現実的な出来事から発生している気分をイメージや都合の良い言葉で塗り替えていくと、自分の言葉とイメージが、どんどん身体や現実から離れていってしまう。

現実や身体に見合わないイメージに合わせて行動して、気が付いたら現実も身体もボロボロになってしまった、なんてこともあり得る話だ。

大事なのは頭の中だけで、気分を都合よく捏造することではなく、良い気分になるような刺激を地道に身体に与えていくことだ。

気分は身体に宿る

世の中には気分の病もあるから厄介だが、基本的に気分は身体に宿る。

気分(背景)を変えるには、地道に身体の欲求を満たしてやる必要がある。

これから、気分(背景)を変えることができる、身体へのアプローチをいくつか紹介する。

参考にしながら、自分の身体にあった気分を変える方法を地道に探していってくれ。

気分(背景)を変えることができる身体への直接的なアプローチの例

笑う

笑うのは苦手かい?

笑う門には福来るというが、これは別に精神論ではないらしい。

単純にガハハと笑う時に、頬が上にあがるだろ?あの状態の顔になっているとき、頭の中に幸せ物質が出るしくみになっているらしい。

だから、別に楽しいことがなくても笑顔をつくっていると、だんだん気分が良くなってくるというのだ。

逆に言うと、どんなに楽しいお笑い番組を見ていても、顔を動かさないで笑っていると、気分そのものが変わるような変化は起こりにくいということだ。

笑うことが苦手な人も、気分がいまいちのときは、幸せ物質を脳みその中に出すためだけに、頬っぺたを上にあげてみてくれ。

ただ、気分を変えるためだ。

1人でもできる。

やってみてくれ。

泣く

笑うとは反対のことだが、これも実は笑うのと同じ仕組みだ。

すすり泣くときはそうじゃないかもしれないが、人間は本気で泣くときは、顔をしかめ、頬っぺたがあがる。

悲しくて泣いているのに、泣き終わったあとスッキリしているのは、頬っぺたが上がった結果、脳みそに幸せ物質が出て、気分が変わっているからだ。

どうせ泣くなら、表情豊かに思いっきり泣いたほうが得だということだな。

怒る

これは苦手な人も多いだろう。

しかし、怒ることも気分を変えることに大事なことだ。

単純に、怒って遠慮なく大きな声を出すのも気分を変えることに役立つが、めちゃくちゃ怒ることができているときも、人の表情は、頬っぺたがあがっている。

どんな感情を出すにしても、それで気分が変わるほどスッキリしたいのであれば、意識して表情を動かせってことだな。

ちなみに、エネルギーの放出の話はまた別だ。

人間は1人では解放が難しいほどのエネルギーを抱え込んでしまうことがある。

ココでの話は、あくまで、表情によって気分が変わるという事実があるということで理解してくれ。

食べる

一応断っておくが、気分を変えたければ、とにかく食べれば良いってことではない。

飽食の時代で、ストレス社会なわけだから、そんなことしたらみんな肥満になってしまう。

単純に、お腹が空いているときは、気持ちがとても落ち込みやすいということを知っておいてほしいということだ。

今の自分の気分が優れないのは単純に空腹だからだった、ということは結構ある。

身体からのシグナルをしっかりキャッチできるようになろう。

寝る

寝ることで、スッと気分がリセットすることがあるのは誰しも経験があるのではないだろうか。

15分の仮眠で気分がやけにスッキリすることもある。

単純に睡眠不足だとイライラしたり、気分が優れないということはよくあることだ。

しかし、忙しすぎたり、気が高ぶっているときは、自分の眠さに気がつかない状態になってしまうのだ。

そういうことが続くと、夜も眠れなくなり、心の病気になってしまうこともある。

丁度良い睡眠時間は人によって、または年齢によって、かなりバラつきがあるが、睡眠が気分に与える影響は大きい。

良い香りをかぐ

自分の好きな心地よい香りをかぐことは、気分を変えることに大事なことだ。

逆に、薄っすらと自分の嫌いな匂いをかいでいると、それだけで気分が悪くなっていくこともある。

匂いには慣れみたいなものもあるが、基本的には、自分の好きな、心地よい香りをかぐことで、気分を変えることはできる。

ヒャッハー最高だぜー!みたいな感じにはならないだろうが、ほんの少し「ホッ」とする。

気分が変わる瞬間っていうのはそれぐらいに地味で良いのである。

良い音楽を聞く

音楽が人に与える影響も大きいものである。

悲しい曲を聴けば、悲しい気分になるし、楽しい曲を聴けば、楽しい気分になる。

音楽だけではなく、生活音も大事である。

人間の耳というか、脳は、自分にとって関係ない音をカットする機能があるようだが、認識していないだけで、聞こえていないわけではないのである。

今の気分をつくっているのは、今、耳に聞こえてきている音の影響かもしれないと思いをはせて、ときに生活音に耳を澄ましてみるのは大事かもしれない。

適度な運動

運動は上手くいくとガラッと気分を変えることができるものである。

ランナーズハイなどという言葉もあるが、そこまで身体を追い詰めなくても気分は変わることもある。

伸びをしたり、足踏みをしたり、凝り固まった身体を少しほぐしたりするだけで、気分がスッと良くなる時がある。

身体を動かすと、身体に敏感になれる。

そうすることで、今の気分を生み出している身体の声が聞こえやすくなるのだ。

呼吸

これは私の最近のお気に入りである。

人間は、深い呼吸ができているときは、気分が良くなる。

身体の声も聞こえやすくなる。

人間は呼吸をすることで生きている。

人間の身体は呼吸を求めている。

その呼吸を丁寧に満たしてやることで、気分はどんどん良くなる。

身体が、もともとの機能をより果たすようになる。

不調な部分が感じ取れるようになってくる。

免疫力が高まる。

深い呼吸をしていると、そんなイメージがどんどん湧いてくる。

身体が喜んでいるのが分かるのだ。

そして、もっと喜ばせたくなる。

身体のための私になっていく。

それは、とてもシンプルで、とても気分の良い生き方だ。

深い呼吸のコツ

吸う息ではなく、吐く息に集中する。

呼吸域を「もう吸えないほど息を吸いこんでいる状態」、「余裕をもって息を吸っている状態」、「余裕をもって息を吐いている状態」、「もう吐けないぐらい息を吐ききっている状態」に分けたとき、「余裕をもって息を吐いている状態」を長く保とうと意識していると、呼吸は深くなる。

 

 

静かに短く吸って、静かに長く吐く。

一日中、この呼吸域に住むイメージで生きてみよう。

最初は息苦しいが、次第に上手になっていくぞ。

その効果は自分で体験してみてくれ!

他人からの言葉

これは、番外編だが、他人からの言葉は、自分の気分がガラッと変えやすい。

他人の言葉は操作できないので、これは事故みたいなものだな。

他人への言葉

これも、番外編だが、自分から他人への言葉かけによっても自分の気分は変わりやすい。

これって、結構大事なことだよな。

他人に向かって、気分の良い言葉をかけると、こちらも気分が良くなる。

その逆もまた然りだ。

自分の気分を変えるために、他人に気分の良い言葉をかけてみよう。

他人も気分が良くなるし、良いことづくめだ。

 

 

 

 

薬、向精神薬だな。

これも、もちろん人の気分を変える、というか、じんわりと支える、という感じか。

向精神薬は気分を良いところでがっちりと固定してくれるものではない。

「ハイな気分をガッチリと固定してくれるような代物は麻薬だけだ、多大なる損壊を代償にな。」

と、どこかの精神科医も申しておりました。

現代精神科の薬物治療については、様々な意見が飛び交うだろうが、個人的には、向精神薬は奥の手であり、一時的に手を借りるべきものであると思っている。

向精神薬を飲んでいる人を見ると、薬の影響で身体の感覚が遠くなっているように見えることがある。

向精神薬によって自然な身体の動きが阻害されているような感じ。

エネルギーの流れも、なんか不自然で追いにくい。

まぁ、自然な身体の動きやエネルギーの動きではしんどいから、薬を頼るわけだが、薬によって余計に阻害されるところも大きいということだ。

まぁ、副作用というやつだな。

だから、できれば、誰でも当たり前のように、向精神薬を卒業していけるような、強力な支援が確立できてこそ、薬物治療は本当の意味で効果をあげるんだと私は思う。

慢性化している患者さんを見るたびに、現在の精神医療はそこのところがあまり強くないと思っていたものだ。

ただ、基本的に私は向精神薬否定派ではない。

どんな理由があっても、薬はDrの指示通り飲むべきだと指導もしてきた。

それが私の役割だったし、薬のおかげで安心できたり、社会生活をなんとかできるようになっている人も世の中には沢山いるのも事実だからだ。

ちなみに、私の母は、一般的には精神科のお世話になってもおかしくないような人だが、これまで向精神薬を飲んだことはない。

なんとか、薬なしで生きてきている。

とてもつらそうなときもあるけどね。

母がもし、向精神薬を飲んでいたら、また全く違った人生だったのだろうなと思う。

私も母も、もう少しは心が楽だったかもしれない。

だけど、そんな想像を踏まえた上でも、どっちが良いかなんてことは、安易には言えることではない。

幸せな気分のつくりかた―背景灰色論 まとめ

背景灰色論。

それは、言ってみれば、人生は気分次第で決まっていくということだ。

気分とは、身体からのメッセージ。

だから、どこで何をやっていても、身体のメッセージを受け取り、その欲求をそれなりに満たしてあげていれば、それなりに幸せだということだ。

身体中心の生活。

身体のための「私」づくり。

他人軸、自分軸、じゃなくて、身体軸。

これが、幸せな人生をつくるための、幸せな気分のつくりかただ。

ちょっとおもしろい考え方だったでしょ?

 

冥王 黒田明彦でした。

私のエネルギー、もらってね。