感受性が強い・繊細

感受性が強い人の生きづらさを体験的に理解する

今回は感受性の強い人の生きづらさについて記事を書いてみました。私自身、感受性というものに強い関心をもっており、この機会に自分の経験と、世間にある情報を照らし合わせながら検討できたことは非常に有意義でした。

この感受性についての記事は2つに分かれています。1つ目の記事は世に出ている情報と私自身の経験を照らし合わせながら、感受性についての生きづらさをロジカルに理解する内容。2つ目の記事は感受性の強い人の中から特に感度の高い人たちへ向けて、私の体験からのメッセージをつづりました。よろしければ読んでみてください。

感受性の強い人は生きづらい?

 

感情探偵
感情探偵
まずは、感受性という言葉の意味から確認していこう!

 

感受性って何?

環境内の事象の変化を刺激として感受する能力を感度刺激に対して興奮しやすい性質を感受性という。

どうやら、巷で感受性が強いと一括りに言われている人を、感度が高い人と、感受性が高い人に分けて説明することができそうです。

感度とは、環境内の事象の変化を刺激として感受する能力。つまり、感度が高い人は、そうでない人よりも、常に多くの刺激を感受しているということになる。

感受性とは、刺激として感受したものに対して興奮しやすい性質。つまり感受性が高い人は、そうでない人よりも、感受した刺激に対して反応しやすいということになる。

感受性の強い人の苦しみ

上記のように、同じ感受性が強いと言われる人でも、ひとつひとつの刺激の鋭さに苦しむような感覚と、常に刺激の量の多さに圧倒されているような感覚に苦しむという感覚は別のようです。

感受性と感度の高さの苦しさを数字でとらえる

感受性が高い人(刺激に敏感な人)の場合の例を某人気キャラクターの名前を借りて、数字でとらえてみようと思います。

マリオがルイージの2倍感受性が高い場合

ピーチ姫が、100に到達すると、楽しいと感じられる刺激をマリオとルイージに同時に、1ずつ徐々に与えるとき、

マリオはピーチ姫からもらった刺激が50に到達した時点で楽しい!と感じ、100に到達した時点では、過剰な刺激として苦しさを感じている。

ルイージはピーチ姫からもらった刺激が100に到達した時点で楽しい!と感じる。

※ルイージは刺激50の時点では、なぜマリオが楽しそうにしているのか理解できず、自分が楽しくなった刺激100の時点でマリオがうんざりしているのが理解できない。

このように感受性の高さは刺激に対する反応の敏感さの差の感覚でとらえることができます。

これに対して感度が高い人(感受する刺激が多い人)の場合を考えてみます。

マリオがルイージの2倍感度が高い場合

ピーチ姫が、100に到達すると、楽しいと感じられる刺激をマリオとルイージに同時に、1から徐々に与えるとき、

マリオはピーチ姫が与えてくれる楽しいという刺激以外にも、環境や、ピーチ姫の意図しない仕草から複数刺激を感受してしまい、楽しいという刺激を100感受する頃には、その他の刺激も100感受しており、トータルで200感受された刺激の対処に疲れてしまっていてとても楽しいどころではない

ルイージはピーチ姫からもらった刺激が100に到達した時点で楽しい!と感じる。

※ルイージはなぜ自分はこんなに楽しいのに、マリオのテンションが低いのかが理解できない。

このように感度の高さは感受する刺激の量の差の感覚でとらえことができる。

感受性の強い人の生きづらさの原因

上記のように巷で感受性が強いと言われている人を、感度が高い(感受する刺激が多い)という特徴か、感受性が高い(刺激に敏感)という特徴をもった人、もしくはその両方の特徴をもった人と説明できます。

繰り返しますが、感受性の高い人は、刺激に対して興奮しやすいという特徴をもった人のことです。感受性が高い人は受け取った刺激に対し、敏感に大きく反応するということですね。

たとえば、ある場所で平均的な感受性を持ったAさんと、特に感受性が高いBさんが暮らしていて、一緒にTVを見ていたとします。

そして、そのとき、TVでとてもショッキングで悲しいニュースが流れました。

Aさんは、このニュースを見て強い悲しみを感じましたが、涙をこらえ、なんとかやり過ごすことができました。

Bさんは、このニュースを見てどうにもならない悲しみに包まれ、涙を流し、取り乱し、途中でベットにもぐりこんでしまいました。そのまま眠れたのはよいものの、次の日の朝はすごく体調が悪く、結局その日は外には出かけられませんでした。

この状況をAさんを基準にして見た場合、Bさんは、刺激に対してとても興奮してしまったということになりますね。

感受性とは刺激に対する興奮のしやすさなので、感受性の高いBさんは、Aさんが受けた刺激と同じ刺激に対、Aさんよりも強く反応したと、多くの人に理解されます。

さて、この同じ状況を感受性の高さの観点ではなく、感度の高さの観点で考えてみることもできます。

こう考えてみてはどうでしょう。

実際にこのショッキングで悲しいニュースという刺激には、100の潜在的な影響力があったとします。

その刺激に対して30の反応を示したのがAさんであり、70の反応を示したのがBです。

100の刺激のうち、30を感受し、30の反応を示したAさんと、100の刺激のうち、70を感受し、70の反応を示したBさん

反応だけを見れば明らかにBさんの方が大きいです。しかし、この見方でいうと、AさんとBさんの刺激に対する興奮のしやすさは同程度であるように思えませんか?

とはいえ、悲しいニュースが潜在的に100の影響力を持っていようが、そうでなかろうが、その刺激を受け、30の反応をするのが、平均的な反応だとしたら、それより大きな反応をしているBさんが極端な反応だと思われるのも仕方がありません。

それは、感受性が高い場合でも、感度が高い場合でも一緒です。

多くの人にとってそのショッキングで悲しいニュースの反応が30であるのなら、そのショッキングで悲しいニュースへの反応は30程度が妥当なのです。

それゆえ、Bさんは、日々の生活の中で、周りの人との反応との差を減らすようにと努力し、適応していこうとするのです。

社会は平均に合わせて作られています。ですから、真実(自分の率直な身体の反応)よりも、多数の人にとってどうかということの方が社会に暮らす人間には求められるのです。

これが感受性の強い人(感受性・感度の高い人)が暮らしにくい大体の理由であると私は理解しています。

感受性の強い人が生きづらい理由

社会は平均に合わせて作られていて、そこから大きくはみ出るような反応は余計なものだとされがちだから。

感受性が強い人のための6つの生き方の体験的理解 人間が、環境からの刺激に対して反応する性質を感受性といいます。 さまざまな刺激に対する反応が敏感で、興奮しやすい人は、感受...

感受性の強い人の特徴を考える

感受性の強い人は芸術家タイプ?

感受性の豊かな人は芸術家肌であるという一定の理解があるようですが、私はこれに、アスペルガー症候群の人は天才肌である、という画一的な理解と似ているものを感じます。

他者よりも刺激に敏感に反応してしまうことや、多くの刺激を感受してしまうことは、それを緻密に、またはドラマチックにアートとして表現できるかどうかということとは別であるように思います。

ただ、もし感受性の強い人が、表現力の才能も併せ持っている場合、もしくはそれが磨かれやすい極端な環境や、性向に恵まれた場合は、非常に豊かなものを生み出すことができるだろうということは容易に理解できます。

刺激の感受の多さ・刺激に対する反応の敏感さと、表現力は別。

感受性の強い人は動物に好かれる?

感受性が強い人は動物と仲良くなれるという一定の理解があるようですが、必ずしもそうではないと私は思っています。

感受性の強さを自負している私の経験を言うと、現在よりもさらに感受性の塊であった小さい頃に、ノラ猫には引っかかれましたし、ノラ犬にも噛まれました。

実家で犬を飼っていたときは、いくつか心を通わせられたようなエピソードはありますが、世に数いる愛犬家の人のそれと比べたら、心温まるエピソードの数は微々たるものであるだろうと理解しています。

刺激に敏感な人は、愛を感じる刺激と、拒絶を感じる刺激、どちらかだけを選んで反応できるわけではありません。

また、刺激を多く感受する人は、自分にとって好ましい刺激だけを選んで感受できるわけでもありません。

何かを愛す能力・何かに愛される能力と、刺激を感受する能力は別であるように私には思われます。

愛し・愛される能力と、刺激を感受する能力は別。

感受性の強い人は直観力に優れている?

感受性の強い人は直観力に優れているのでしょうか。

刺激に敏感な人も、刺激を多く感受する人も、刺激に対する反応体験が多くなるので、物事を思考的にとらえることよりも、感覚的にとらえていくようになるのは自然であるように思います。

刺激に対する反応が敏感な人も、感受する刺激が多い人も、感覚的に物事をとらえることは日常的なことです。常に刺激に迫られているような感じがあり、常にその刺激の根拠を追い求め、整理し、対応しながら暮らさねばなりません。

勘に優れているとか、予知的なことができるとか、そんなことはおそらくありません。そこにないものは感じられません。あくまで感受された刺激への反応が早く鋭いか、処理している刺激の多さに比例して感覚的な情報量が多いか、というだけです。強いて言えば、他者よりも、なるべくしてなることの予想が立ちやすいということはあるでしょう。

感受性の強い人はスピリチュアル?

感受性が強い人は、目に見ない刺激に苛まれている感覚が強く、また身近な他者からの疎外感を感じやすい条件をもっているように思います。

ある程度の感受性の強さを持ち合わせてしまった場合、人生のどこかで人間の力を超えた何かに頼らねば、精神的なバランスを保てなくなることは多いのかもしれません。

私は、最近になって、ある一定以上の精神の成長の到達には、どうしても信仰が必要になるのではないかという仮説をもつようになりました。そして、私は、感受性の強い人たちは、その一定以上の精神の成長を課せられている人たちなのではないかと理解しているのです。

スピリチュアルは、現代の信仰の一つであると私は理解しています。感受性が強い人がスピリチュアルに関心を強く持つことは自然なことのように思います。

感受性の強い人は愛情深い?

感受性が強い人は愛にあふれているという文言をみかけますが、必ずしもそうではないと思います。

むしろ感受性が強い人ほど、人を愛することができていると思い込むことが不得意であったりします。

感受性の強い人は、いろいろな刺激、感情が入り乱れ、激しく移り変わっていく自分自身の心境に迫られます。

一定に留まらない激しい感情、心情に苛まれ、私は人を愛せていない、愛することができないという自覚をもつ人も多いのではないでしょうか。

愛するということに対して一定の深みで留まり続けられるような人は、感受性が強い人ではなく、信仰心の強い人だと言えるのかもしれません。そうでもなければ自分の荒ぶる感性に嘘をついているとしか思えません。

【感受性を活かす道】感受性の強い人への自己表現のススメ 今回の記事は感受性の強い人のための自己表現の重要性について書いていこうと思います。 感受性の強い人は、刺激に対して敏感であ...

感受性の強い人の生きづらさ、終わりに

今回の記事は、世間に出ている情報と私自身の経験を照らし合わせながら、感受性の強い人の苦しみについて検討してみました。感受性が強いという場合は、一般的には刺激に対する反応のしやすさだけを指していることが多いようですが、私のように刺激を多く感受してしまう、感度の高いタイプのほうが当てはまる人もいるのではないでしょうか。この辺の違いはスピリチュアルなところでいうと、エンパスと逆エンパスの違いにも似ているところがありますね。

エンパス体質・逆エンパス体質の特徴エンパス体質・逆エンパス体質の特徴、序文 私は、カウンセラーとして再び独立を考えたときに、これまでの人生のなかで、日々、自分を悩ませて...

次回の記事は、感受性の強い人の中でも、特に感度の高さを感じている人のために、私の体験からのメッセージ、アドバイスに近いものをおくってみようと思います。よろしければそちらもご覧ください。

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