純粋性

我が強い(純粋性の高い)人が、その純度を失わないための術―後編―

今回の記事は、自他ともに我が強いと評価されがちの人の中で、特に純粋性の強い人に向けて書いてみました。

不純あふれる人間社会の中で、どうすれば身体の求めに応え、自分の純粋性を保つことができるのでしょうか。

前編は、自分の純度を現実化するには、その放出エネルギーを受けても混ざらず、痛まず、ただ聞いてくれる人が必要であり、それがカウンセラーであるということを書きました。

後編では日常的に他者との関係の中で自分の純度を保つための術について書いてみます。

興味のある方は読んでみてください。

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我が強い(純粋性の高い)人が、純度を失わないために⑤純粋性の高い人の特徴のおさらい

自分という感覚が鋭い。

色々な刺激から「私」という感覚がどんどん生まれてくる。

他者の意志に混ざりたくない。混ざるわけにはいかない。

自分の純度を保っていたい…。

濃くありたい、薄くなりたくない。

「あなたもこう思うよね?」という誰かの同意を求める問いかけに対し、

「そうじゃない。」と言ってしまうと、相手のエネルギーを殺してしまうし、

「そうです。」と言ってしまうと、自分のエネルギーが死んでしまうと感じられる人。

我が強い(純粋性の高い)人が、純度を失わないために⑥日常のなかで自分の純度を保つ方法

我が強い(純粋性の高い)人が、日常の中で自分の純度を保つ方法、それは、相手とのコミュニケーションの中で「自分」を置いておくという方法です。

「自分」を置いておくことができれば、「自分」と相手が混ざることはなく、「自分」の純度が下がることはありません

これは、端的にいうと、自分自身が相手のカウンセラーになっていくという道です。

自分の世界と相手の世界が分けられれば、純度は下がらない

自分の世界(感覚、経験、言葉)を置いておいて、相手の世界(感覚、経験、言葉)にのみフォーカスをあてたやりとりというものが実在します。

自分を置いておければ自分のエネルギーが死ぬことはありません。嘘になることはありません。混ざることはありません。薄くなることはありません。つまり、純度を失うことはないのです。

これは、思考レベルのやりとりではなく、身体の反応レベルのやりとりでのみ、実現可能です。

どんな相手を前にしても、自分の純度を失わないようにコミュニケーションすることは可能であるということです。(修行は必要ですが)

現在私は、我の強い人(純粋性の高い人)にとって、自分も相手も両方同時に助かる道は、この方法以外に知りません。

残念なことに、この方法は、頭で理解するだけで、できるようになるものではありません。

とにかく繰り返しやってみて、感覚的に身体に身につけるより他ないものです。

ただ、自分という感覚に鋭い、我の強い(純粋性の高い人)なら、おそらくこの方法を少し体験するだけで、その可能性を実感することができると思います。

自分を置くためのポイントは言葉のすがた

自分の世界を置いておけるようになる一番の近道は、相手の言葉のすがたをただ追いかけるという体験をしてみることです。

自分の世界というものは、すべて、自分にとっての言葉の受け取りようで生まれています。

この自分にとっての言葉の受け取りようというものは、本当に自覚しづらく、離れがたいものです。

自分を置いておくということは、自分にとっての言葉の受け取りようから離れるということなのです。

これがなかなかできません。

というよりも、ある具体的な方法を実践しなければほとんど不可能でしょう。

自分にとっての言葉の受け取りようから離れるための具体的な方法

自分の言葉の受け取りようから離れるには、言葉をすがたでとらえていくという体験の積み重ねが必要です。

1、まずは言葉が、意味とすがたに分かれること

「リンゴ」=○○である。

このようなリンゴという言葉の画一的な理解は、リンゴの意味とリンゴのすがたが分かれていない状態です。

「リンゴ」=私にとって○○である。

「リンゴ」=相手にとってなんだろう?

これらは、リンゴの意味とすがたが分かれている状態です。リンゴという言葉のすがたには、人間によってまったく違う世界が宿っているという、深い体験的理解があってこそ至れる境地です。

どうすれば、このような体験的理解に至ることができるのでしょうか。

2、言葉の意味を受け取らず、ただ、言葉のすがただけを追っていくという体験

リンゴという言葉を、自分の世界のリンゴの意味に勝手にとらえてしまわず、「リ」「ン」「ゴ」という、ただ言葉のすがただけで受け取る感覚が必要です。

リンゴという、ただ言葉のすがただけ受け取る。後は真っ白。

この感覚は、いかに相手が声にした言葉のとおりに、自分がたどれるか(繰り返せるか)を練習していくうちに自然に身についてきます。

一言一句間違えないようにという迫力で、相手が声にした言葉のすがたを、ただ追っていくという取り組みは、一時的に私にとっての言葉の意味というものを忘れさせてくれます。

相手の言葉のすがたを必死に追っている最中は、そんなことを考えている暇がないからです。

これこそが、自分を置くということの実体験の始まりなのです。

最初は強い違和感があります。日常では、言葉をすがただけで受け取るという感覚は、初めてに近い感覚だからです。

3、相手にとっての言葉の意味を考えていけるようになる

言葉がすがたと意味に分かれ、ただ相手の言葉のすがたにのみ、ついていくことで、自分を置いておけるようになると、ひとつひとつの言葉の相手にとっての意味を検討できるようになります。

それは、相手を本当の意味で理解すること。

そして、純粋な私のままで相手の世界に触れていけることにつながっているのです。

慣れないうちは、すぐに自分にとっての言葉の意味に引っ張られてしまうでしょうが、そんなときに大事なのは、相手の言葉のすがたに、ただついていくことに、とにかく戻ることです。

相手の言葉のすがたを、ただ、たどっているときは、自分の言葉の意味から離れられる。自分を置いておける。

我が強い(純粋性の高い)人が、純度を失わないために⑦後編の終わりに

いかがだったでしょうか。

2記事にわたって、我の強い人(純粋性の強い人)がその純度を保つ方法を紹介してきました。

前編では、我の強い人、純粋性の高い人が、その純粋性を現実化するには、その発言、エネルギーに巻き込まれないように訓練してきている人による手助けが必要である、ということを書きました。

後編では、我の強い(純粋性の強い人が)日常の中で純度を失わなくてすむ方法について簡単に紹介しました。

日常におけるやり取りの中で、純粋性を失わずに生活することはとても難しいです。

しかし、純度を失わずに他者と関わっていく方法は確かにあるのです。

 

相手の世界を聞かせていただくということ。

これらのことは、頭だけの理解でどうにかなるものではありません。

実際に身体で感じ、やってみて、実感して身につけていくものです。

まずは、誰かに聞いてもらうことでこれを実感できるかどうかというところから始まります。

それはつまり、まずクライエントになり、次にカウンセラーになるというプロセスです。

しかし、残念ながらこれらの取り組みは、日常の中だけで訓練していくことは難しいことなのです。

 

自分の純粋性に苦しむ。

自分の純度をどうしても落としたくない、落とせないと日々苦悩しているかた、是非、黒田明彦のサービスを利用してみてください。お会いできることをお待ちしています。

 

多感な凡人 黒田明彦

 

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