逆エンパス

月になった逆エンパス、故郷へ帰る

私こと黒田明彦は、今年の11月に、19年間暮らしたこの町を離れ、実家へと帰ります。

この記事では、これまでの人生を簡単に振り返った上で、今後、どうやって活動していくかについて報告してみたいと思います。

興味のある人は読んでみてください。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】私は月になりたい

小さな頃、太陽のように輝いていた私は、成長するにつれ、環境に苦しみ、その他の人の輝きに怯えるようになり、泣きながら、逃げるように沈み、隠れました。

しかし、夜の寒さと、こわさに震えているとき、闇を照らす、冷たい光に出会い、救われました。

私はもっと私になりたい

私はもっと私になりたい。

私にとって、「私が私になる」ということは、

小さな頃の私のように、光輝く太陽のようになることだと思っていました。

幼い頃の満足感、充足感に恋い焦がれ、

全てと1つだったあの頃に戻ることが、「私が私になる」ことなのだろうと思っていました。

 

しかし、私は今、「私が私になること」は、太陽のような私になることではなく、

この今の、月の姿を受け入れることなのかもしれないと思えているのです。

不思議なほど、浸食を嫌悪していた私

私は、いつしか、相手を浸食してしまうことを嫌悪するようになっていました。

それが、どんなに強く、頼りになって、優しい光であっても、他の誰かの本来の色を塗りつぶすようなことがあってはならない。

塗りつぶしたくない。

殺したくない。

その人は、絶対に、その人のままでなくてはならないんだ!

この強烈な衝動。

その迫ってくるような強さ。

どうにもならない力。

 

それは、どんなに強い光を受けても、

私は私自身でなくてはならないという、

私のおそれからきているのだと気がつきました。

そのおそれは、「私が私であること」に、間違いなく私の生命がかかっていたことを教えてくれました。

ずっと引っかかっていた

私は自分の強いエネルギーを自覚するようになってからは、

全てを一色で染め上げてしまうような太陽のような強い光になることが、「私が私になる」ことだと思っていました。

「私が私になるため」に、周りを巻き込み、一色に染め上げ、そしてそれにすら責任を取れるような強さを手に入れることこそが、私のおそれを克服することになると思っていました。

それが、強く浸食的なエネルギーをもつ私が、元気に生きていくための道だと思っていました。

 

だけど、ずっと、引っかかっていたんです。

 

今なら私のなりたい私が、はっきりわかります。

あらためて私は、とても、傲慢であり、欲深い。

 

私は、

「私が、私のままである」ことと、

「相手が、相手のままである」ことを、

どうしても両立させたい

 

だから、私は、もっと、もっと、

純粋でなくてはならない。

 

もっとも純粋な光は、他の何にも浸食されず

そして、他の何をも浸食しない光だ!

 

私は今、そう叫びたくなっているのです。

 

 

私は、その人がその人らしくなっていくことを、

柔らかく純粋な光で照らす、月のようでありたい

 

太陽が目一杯照らしている昼は、

消えてしまうほど静かに佇み

太陽が沈んだ後の、暗い夜を優しく照らす

そんな光になりたいんです。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】月は還る

私は、この11月で、19年住んだこの町を離れます。

家族から、母から、逃げるように隠れ住んだこの町。

とても、静かで、私に優しい町だった。

沢山歩きました。

私に散歩を好きにさせてくれるような町でした。

 

人生の最初の20年余りは実家で過ごし、

次の20年余りをこの町で過ごしました。

私の大事な町。

私の大事な隠れ家。

 

さまざまな人と出会い、別れました。

語って、語って、

聞いて、聞いて、

書いて、書いて、書いて、

描いた。

 

私は今、この町を離れます。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】私はおそれから生まれた

実家は今、父と母の二人暮らしです。

バタバタした二人ですが、それなりに暮らすことができていたようです。

しかし、近年父の認知症が急激に進み、身の回りのことができなくなってきてしまいました。

母は、元から当たり前のことを当たり前のようにはできません。

誰かの助けが必要な状態なのです。

「その誰か」が、私であることに、今の私に迷いはありません。

私は、母が大好きだった

私は、母が大好きでした。

小さい頃の私は、母と一心同体でした。

その時の私は、幸福感、満足感にあふれ、エネルギーにあふれていました。

あり余ったエネルギーを誰かに分け与えることなんて朝飯前でした。

 

しかし、ある時、急に私は母からちぎれてしまい、2つに分かれてしまった。

強烈な痛み、と不安。

身体にぽっかりと穴が開いてしまったような感じでした。

 

そして、2つに分かれてしまったあとは、

私は、自分が、母のようになってしまうことがこわくて仕方がなくなったのです

私の誰にも言えなかったおそれ

当時私は、母が精神的におかしいと思えて仕方がありませんでした。

その影響を強く受けている私も、母のようにおかしくなってしまうんじゃないか

血のつながり、家族のつながりに恐怖しました。

遺伝という言葉に恐怖しました。

 

そして、大好きだった母、優しかった母、そして、今、苦しそうな母に、そんな強烈なおそれの感情を向ける自分が悲しくて、悲しくて仕方がなかった

私は、母を嫌いにならなくては、立っていられなかったのです。

 

そして、私は、母から逃げるように、家を出て、この町に隠れたのです。

1筋の強く柔らかい光

隠れはじめてすぐに、私には1筋の光が差しました。

それが、カウンセリング学習の先生の教え、”たった独りの人間”、という哲学です。

人間はすべてが、全く別の経験の世界に生きている。

本当の意味で理解しあうことはできない。

どこまでいっても、たった独りの人間。

だからこそかけがえがない。

それが、この世界のたった一つの事実だ。

先生は、全身全霊、先生の全人生をかけて、そのエネルギーを私に伝えてくれました。

母さんと、僕は、全く別の存在なんだ。

それでいいんだ。

僕は僕になっていいんだ。

もっと僕が僕になれれば、僕は、母さんのようにはならない。

そう信じられた。

そこに関してだけは、迷いなど一切なかった。

おそらく、私が純粋であることに強烈に向かうようになったのはこの瞬間なのでしょう。

それが、「私が生まれた」瞬間です。

 

助かった。

私は、他の誰とも違う私になることができるんだ。

助かった。

私は他の誰とも違う私になれるなら、きっと大丈夫だ。

助かった。

もっと純粋になろう。

もっと、もっと他の誰とも違う、純粋な私になろう。

 

純粋であることに、私の生命がかかりました。

そして、私が私になろうとすればするほど、

純粋になればなるほど、

他の誰かも、他の誰か自身になってほしい、

純粋になってほしいと、

強く衝動的に願うようになっていったのです。

挑む

今、私は、

私は、母とは全く違う、別の人間であるという事実を身体全体で信じられています

そして、母と(全てと)1つだった頃の満足感、充足感と、

母とちぎれたあと、その激しい痛みと不足感の中で、母のようになってしまうことを強烈に恐怖し、そしてそれが強烈に悲しかった私を、

はっきりと認識し、懐かしく思い出すこともできます。

私は、その上で、新たに、私の家族を支えに行くことに挑むことを決めました。

というか、私の意志がそれを決めるよりも早く、私の身体はそのように動きだしていました。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】不安、おそれ、期待、予感

住み慣れた町を離れる不安とおそれ、寂しさ

引っ越しのめんどくささ

これからは、私が家族を支えるというプレッシャー

どうやって収入を確保するかという問題

様々な苦難の予感

 

新しい私が、あらためて故郷で生きるということ

生まれ育った土地のエネルギーと繋がれそうな予感

苦難が、自分を育ててくれるという予感

自分のできること、やりたいことがはっきりしそうな予感

母や、父の笑顔が見れる予感

 

今の私の心は、それらが入り乱れています。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】これからのこと

とりあえず、10月いっぱいは引っ越しの準備をして、11月に実家に引っ越しをします。

ちなみに私の実家は千葉県野田市、醤油の町です。

マジで、野田市駅は頭が痛くなるくらいの醤油の匂いがします。

引っ越した後、新しい私の部屋にインターネットがどれくらいでつながるかわからないので、ブログの更新が止まる期間はあると思います。

SNSの更新は問題なくできると思います。

カウンセリングの学習会には出来るだけ参加したいと思いますが、現在お世話になっている場所には、移動時間が片道1時間以上増えるので、今まで通り、とまではいかないかもしれません。(こう書くと、そんなに遠くなるわけでもないですね。)

私主催の池袋エンカウンターグループですが、月1ぐらいなら池袋までいって、開催してもいいかな、と思っていますが、とりあえず、年内は開催しません。

ちなみに、東京付近に、私の先生が参加するエンカウンターグループがいくつかありますので、少数の人なら紹介できます。

野田での活動について

私は、エンカウンターグループをいずれは、野田でやりたいと思っています。

故郷に帰って、どうやって生計をたてていくかはわかりませんが、故郷にカウンセリングルームを持つというのを目標とするのも悪くないな、とは思っています。

田舎ですので、東京よりはライバルは少ないですし、人は住んでいるので、需要がゼロということはないでしょう。

まぁ、今のままでは難しいので、アルバイトやら、雇われやらをあらためて考えるようになるかもしれません。

土地が変われば、福祉の業界にも新鮮味を感じ、また働きたくなるかもしれません。

当時、野田の精神保健福祉がもっと進んでいれば、我が家は、もっと生きやすかっただろうか?と思いをはせることも、ないこともないので。

何をどうやっていくにしても、ブログ、SNSの更新、カウンセリング学習は続けていきます。

逆エンパス関係の記事も、まだまだ、どんどん書きたくなるでしょう。

対面カウンセリング、電話カウンセリングなど、純粋カウンセリングを提供する機会も細々と開き、今後は、私の先生から紡がれた、聞かせていただくという人間の在り方の浸透にも力を入れていこうと思います。

結局、多くの皆様にとっては、黒田の発信の更新頻度が変わる、ぐらいの変化かもしれませんね。

もし更新頻度が落ちたとしても、きっと、今後の黒田の発信は、より、濃いものになっていくと思います。

今後も、のんびりと応援、よろしくお願いします。

【月になった逆エンパス、故郷へ帰る】おわりに

今後の私の動きについての連絡をするつもりで書き始めた記事ですが、たっぷりと私の人生を添えてしまいました。

 

40代、これから先の10年は、故郷で家族と過ごす10年になりそうです。

そうなってくると私の50代以降がどうなってくるか、また楽しみになってきますね。

 

出生から20歳までが実家で暮らした第1章。

20歳から39歳までがこの町で暮らした第2章。

そして、これから、また運命の実家で暮らす第3章が始まる。

どうなるのでしょう。

不安ですね。

どうなるのでしょう。

少しだけワクワクしますね。

 

不安と予感に溢れた未来を。

乞うご期待!

 

月の逆エンパス 黒田明彦

 

 

 

私は、自分に湧いてくるエネルギーのままに、まわりを巻き込みながら、快活に生きていくことこそが、逆エンパスの本来の姿であると思っていました。

だから、私は、太陽の逆エンパスになることを目指しました。

しかし、それは思い違いだったのかもしれません。

私は、私であることに生命がかかっている。

そして、それだけじゃなく、他人を他人のままにすることにも生命がかかっているんです。

私は、誰にも浸食されたくないし、誰をも浸食したくない。

そして、その上で、出せる範囲でこのエネルギーを生かしていきたい。

月の逆エンパス

それが今の私の望む姿です。

逆エンパスについて、日本で最初の小さな本を書きました。

逆エンパスにまつわる私の認識が書かれています。

この頃の私は、太陽の逆エンパスになることこそが、逆エンパスにとっての覚醒だと思っていました。

興味のある方は手に取ってみてください。

 

【黒田明彦の著作一覧はこちら】
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電子書籍の読み方はこちらの記事に詳しく紹介されています。
https://www.tabishirube.com/howtoread.html

 

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