純粋性

私が自分に優しくできない人と別れていく理由

たまには、宛先も、宛名もなく、手紙のようなものを書いてみようと思います。

私が自分に優しくできない人と別れていく理由。

興味のある方は読んでみてください。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】本当に自分を大事にできない人

自己犠牲が自覚になっていない人。

他者にはちゃんと憐れみをかけることができているのに、自分にはその憐れみが向かない人。

心の根っこの方で、自分の存在には本当に価値がないと思っているかのような人。

だから必要以上に自分の身体を酷使できてしまう。

自分を他人のように憐れむことがないから。

自分は、他人の道具みたいなもの。

だから、自分も自分の身体を道具のように扱うことによってバランスを保っている。

そんな人に向かって、

「もっと自分を大切にしたら?」

「もっと自分に優しくしたら?」

こんな言葉が到底響くとは思えない。

献身、自己犠牲、自己道具化によってバランスが保たれている精神に、自分を大切にとか、自分に優しくとか、そんな感覚は邪魔なだけだろう。

ただ、それでも、上手く丈夫に生きていけているのなら問題ないのかもしれない。

だけど、もともとあまり丈夫な体質じゃなかったら?

身体も心も消耗して、こわれそうになってしまう。

頑張ることにブレーキが利かない。

ギリギリに追い詰められても、防衛的な機能がはたらかない。

大丈夫だと思っているのは、自分を道具のように扱う人達と、自分自身だけ。

それでも問題ない。

根っこのところでは、自分がこわれてしまっても良いと思っているから。

私には、そんなふうに人が見えることがある。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】優しくしたい

大きなお世話かもしれないが。

こういう人に必要なのは、自分で自分を大事にすることではなく、誰かに本当の意味で大事にされる、優しくされるという経験を積み重ねることなのだろう。

便利で優秀な道具としてではなく、繊細で脆く、柔らかい一人の人間として。

だから「自分で自分に優しくしなよ!」なんて言葉をかけている場合じゃない。

そんな暇があったら、私がその人に、目一杯、優しくしてあげるべきなのだ。

優しくするにはどうしたらいいんだろう?

さて、それでは、実際に、その人に優しくするにはどうしたらいいんだろう。

自分に厳しくというか、破壊的に自分の身体を酷使してしまう人に対して、優しくするにはどうしたらいいんだろう。

「休みなよ!」

「そんなにがんばるなよ!」

こんな言葉をかけることは優しいことだろうか?

まぁ、その程度の声掛けで自分を大事にできるようになる人なら、自己破壊的な頑張りを続けられるはずもない。

それでは、できるだけ客観的に状況を伝えていくのは優しいだろうか?

「身体を酷使しすぎているように見えるよ。」

「張りつめているようだね。」

「疲れているようだね。」

「元気がないようだね。」

頑張り続けること、身体を酷使することで精神のバランスを保っている人に、そんな外からの状況理解を伝えることは、脅威となりうるかもしれない。

それでは、褒めてみるのはどうだろう。

「とってもがんばっているね。」

「素敵だね。」

「輝いているね。」

確かに、心からそう思える部分もあることは確かだろう。

だけど…。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】だから私は別れていく

ともかく、「今の状況は、あなたにとってよろしくない。」というような否定的な言葉は相手にとって優しくないだろう、ということはわかる。

しかし、私は、「今の状況は、あなたにとってよろしくない。」と、確かに感じているのに、それを私に隠してしまうことは、私自身にとって優しくないのである。

「今の状況は、あなたにとってよろしくない。」という優しくない言葉を相手に伝えられなければ、私に優しくないのである。

つまり、私の心は、優しくしたい相手に、優しくない言葉をかけたいのである。

こうなってしまうと、別れていくのがお互いにとって一番優しいという結論に至ってしまう。

いつものことだ。

私は自分に優しくない私も、相手に優しくない私も受け入れられない。

だから別れていく。

 

私には、自分の身体に優しくない人を傍で見ると、私の身体まで傷んでしまうような感じがある。

だから、傍にいる人が、そんな感じだと黙っていられないんだ。

だから、黙っていられるようになる距離まで離れようと思うんだ。

いつものことなのである。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】別れないですむ方法

今のその人を否定しないように、そして、自分にも嘘をつかないようにするためには…。

自分も相手も殺さないようにするには。

一つは、相手のところを相手のところのままに聞かせてもらうということだろう。

これは、相手側が関係に苦しんでおり、相手から聞いてほしいと願われたときには、達成はさほど難しくない。

しかし、こちら側が関係に苦しんでいるときにはあまりうまく達成できないように思う。

この場合、もう一つの方法を検討する必要がある。

それは、逃げずに、相手にしっかりと、何度も自分の気持ちを聞いてもらうことである。

私はあなたの身体のことをこう感じている、というところを私のところとしてどこまでも私のところとして気が済むまで聞いてもらう必要があるだろう。

相手の行動を変えるためではなくただ自分が、その人の傍にいることに落ち着けるようになるために。

相手に優しくしようと頑張るのではなく、相手の身体を自分の身体かのように心配している自分を、気が済むまで聞いてもらうことができれば、心が何とか落ち着き、自分の身体を破壊的に酷使してしまう人とも、一緒にいられるようになるかもしれない。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】いつも思うこと

いつも思うよ。

嘘が付けない自分。

なんて優しくないんだ!

そして、なんて面倒くさいんだ!

だけどね、

私は、もし、あなたがもっとあなたの身体に優しくなれたら、本当にホッとすると思うんだ。

本当に嬉しくなると思うんだ。

それが私なんだ。

ごめんね。

【私が自分に優しくできない人と別れていく理由】おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は、宛先も宛名もない手紙として書かせていただきました。

どこか遠く、遠くにいる、いろんな私に届くのでしょうか。

 

 

気にすんな。

 

頑張っていいぞ。

 

好きにやりな。

 

応援してる。

 

またね。

 

またね。

 

またね!!

 

 

多感な凡人 黒田明彦

 

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