カウンセリング

【カール・ロジャーズ】来談者中心療法の自己一致とは?

今回の記事はカール・ロジャーズの提唱した、来談者中心療法において、カウンセラーの3つの態度条件である、自己一致、無条件の肯定的関心、感情移入的理解の中から、自己一致について書いていきたいと思います。

自己一致は、来談者中心療法の中でも特に重要な概念であると言われています。

興味のある方は読んでみてください。

 

 

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カール・ロジャーズの来談者中心療法とは?

来談者中心療法は、カール・ロジャーズによって提唱された心理療法です。

カール・ロジャーズは、個人のパーソナリティを、自己概念と経験の一致、不一致から説明しました。

そして、自己概念と経験の不一致が不適応や病理を生み出すと言っています。

自分のものとして認識できない自分の経験が増えてしまうと、どんどん生きづらくなってしまうということですね。

自己概念=自分として認識できる自分のこと

経験=心や身体で感じていること

来談者中心療法における自己一致、自己概念と経験の図 来談者中心療法の自己一致図

2つの円の重なり(自己一致)が多ければ多いほど、自分の経験をありのままに自分として認識できる、心理的適応状態。

2つの円の重なり(自己一致)が少なければ少ないほど、自分の経験をありのままに自分として認識できない、心理的適応状態。

 

来談者中心療法は、カウンセラーが作り出す受容的雰囲気の中で、クライエントが自らのペースで体験を語っていき、少しずつ自己概念の変化が起こることで、以前よりも自己一致できるようになり、心理的適応へと向かっていくのを支えていくという療法です。

来談者中心療法ではカウンセラー自身の自分を偽らない自己一致の態度、クライエントに対し、無条件に肯定的関心を持つこと、そして、感情移入的に理解していくことが、クライエントの自己概念を変化させる重要な要素だとされています。

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自己一致ってなに?

自己一致とは、上の図でいうと、自己概念と、経験が重なっている状態、つまり、自分を偽ることなく、自分の経験に開かれている状態ということです。

自己一致は心と身体が経験したものを、心と身体が経験しているままに感じることができる状態とも言えます。

人間は、心理的防衛性によって、自己を危険にさらしてしまうような心と身体の経験を意識にのぼらせないようにすることができてしまうのです。

たとえば…

1、痩せていなければ生きるに値しないという強烈な体験をもった人は、お腹が減るという当たり前の欲求を感じにくくなってしまう。そして、それに対する違和感もほとんどない。

2、性的な欲求を露わにするということが、愛されることが必要な人から拒絶されてしまうということを体験した人は、自分の中に性的欲求があることを認められなくなる。そして、身体の自然な性的反応を失ってしまうことすらある。

3、頑張り、無理をし続けなければ、存在を認められなかった人は、疲れを感じることが難しくなる。疲れを感じなくても身体は自然に消耗しているので、気が付いた時には心や身体の病気になってしまっている。

このように、自分を守るために、心や身体が欲求しているものを満たさないようにする思考や行動を自己不一致といい、心的防衛機制は、その不一致感を和らげるようにはたらきます。

なぜなら、その自己不一致は、今、その人が自己を生きるのに必要だからです。

自己不一致、抑圧の図

自己一致なんかしたら、私の生きる価値がなくなっちゃう!

自己一致の自己って?

ロジャーズのいうところの自己とは、認識することが許されている「私」という体験の集合体です。

自己一致している状態は、今ここの自分の心と身体の経験のほとんどを「私」として認識することが許されている状態であり、自己不一致の状態は、健やかに生きていくのに必要な今ここの自分の心と身体の経験が、「私」として認識することが許されていない状態です。

自己一致していないとなぜ苦しいのか?

健やかに生きていくための、心と身体の欲求を満たせていないという感覚が、心理的防衛機制によって、薄くなっていたとしても、心と身体の欲求は、漠然とした不安や苛立ちにすがたを変えて存在し続けるからです。

そして、それらはいたずらに感受性を強めたり、強烈で衝動的な癇癪を生んだりもしてしまうのです。

自己一致と純粋性って同じこと?

自己一致と純粋性は特に区別されずに説明されることが多いのですが、私はこの2つを分けて考えています。

自己一致している人とは、今ここの、自分の心と身体の経験のほとんどを「私」として認識することが許されている状態の人です。

それに対し、純粋性が高い人というのは、今ここの、自分の心と身体の経験の感覚が強いと考えます。

自分の心と身体の経験の感覚が強いから、それを薄めようとする心理的防衛機制が追い付かない。

つまり、自分の自己不一致を鋭く違和感として感じてしまうということです。

純粋性の高い人=自己一致している人ではなく、純粋性の高い人は、自己不一致の感覚に強く苦しむことができるため、自分から自己一致の方向にどんどん向かって行きやすい人と言えます。

ですから、結果的には、純粋性が高い方が、自己一致しやすいということにはなりそうです。

どうすれば、自己一致ができるの?

どうすればこれまで生きるために許されなかった経験が許され、自己一致へと向かうことができるようになるのでしょうか。

ロジャーズの理論でいえば、今ここの関係において、一切の脅威を取り除くことができれば、人間は、自然と自己一致の方向へ向かうということです。

カウンセリングとは、カウンセラーがクライエントに与えることができる、束の間のこの上ない自由を与えるような許し、なのかもしれません。

その自由の中で、クライエントはもう一度、今、社会の中で許される経験と、許されない経験は何なのかを独自に検討することができ、適応へと向かっていくのです。

 

 

来談者中心療法はなんでカウンセラーの自己一致が大事なの?

カウンセラーが自己一致している状態であればあるほど、クライエントは、カウンセラーの在り方に影響を受け、自己一致に向かいやすくなります。

逆にカウンセラーが不一致の状態であると、クライエントはカウンセラーの隠された態度に脅威を感じ、より防衛的になり、カウンセラーとの関係の中で自由に偽りのない自分を語ることは難しくなってしまうでしょう。

包み隠さずにありのままでいるカウンセラーを前にするからこそ、クライエントもまた、自分の隠された経験に向かい合おうと思えるのです。

来談者中心療法の自己一致って?おわりに

いかがだったでしょうか。

社会の中でしか生きられない多くの人間は、基本的には条件的にしか許されない生き物のようです。

しかし、カウンセリングという特殊な取り組みの間だけは、この上なく自由な許しの時間を得られます。

クライエントはその特別な許しの中でこそ、自己一致しても大丈夫な経験を少しずつ確認していくことができのでしょう。

カウンセラーの自己一致した態度は、そんなクライエントの自己一致への道を静かに、そして力強く後押しするのです。

月の逆エンパス、黒田明彦でした。