逆エンパス

自己否定の合理性【逆エンパス的エネルギーロジック】

自分を否定することはやめて、自分を肯定しよう!という発想は世に多くありますが、自己否定というものは、はたして本当に否定されるべきはたらきなのでしょうか。

私も自分の自己否定の動きによって苦しい思いをすることは多いですが、私は自己否定には、自己否定なりの合理性があるような気がしているのです。

さて、自己否定を否定せずに、私がより、楽になっていける考え方というのも、あるのでしょうか?

興味のある方は読んでみてください。

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【自己否定の合理性】背景灰色論

人には、その時の状態に合わせ、その時の状態なりの言葉が届いてきます。

気分が灰色のときは、灰色の言葉が届き、気分がピンク色のときはピンク色の言葉が届くものです。

だから気分が灰色のときの思考は、苦しみをより増強させるし、気分がピンク色のときの思考は、ウキウキ気分をより増強させるのです。

灰色やピンクなのは、世界そのものではなく、今ここの私の気分です。

そして、今ここの私の気分が灰色やピンクなら、世界そのものが灰色やピンクに感じられてしまうのも自然です。

しかし、世界そのものが一色に染まっているという事実はないのです。

【自己否定の合理性】気分はどこで決まる?

気分はどこで決まるのだろうか?

小さな身体の痛みや、気圧、気温、照明やにおい、空気の鮮度など、様々な環境によって、気分は決まります。

また記憶のフラッシュバックや、聞こえている言葉、見えている言葉からの連想、触発などによっても決まります。

今の気分を引き起こしている、原因1つ1つを明確に自覚することは難しいです。

だからなんとなく灰色な気分になってしまったり、なんとなくピンクな気分になってしまったりするのです。

そして、その気分に私たちの生活は大きく左右されています。

【自己否定の合理性】私は思い込むことを拒絶している

私は、思い込むことで自分の気分を安定させようとすることを拒絶しています。

私は、いつだってフラットでいたい。

私は、いつだって自然で、ありのままでいたいのです。

偽物の良い気分でいるよりは、本物の嫌な気分でいたい。

本気でそう思っています。

しかし、ひとつ思うのは、嫌な気分もまた、本物と言えないときがあるかもしれないということです。

嫌な気分がお気に入りになっているだけで、実はこれもまた、ありのままの自分ではなく、思い込みなのかもしれないという懸念があります。

思い込みで気分をアゲアゲにするのが嫌なら、思い込みで気分をサゲサゲにするのも嫌でなくてはおかしいですよね。

【自己否定の合理性】自分を責めるということ

気分が沈み切っているときの私は、知らず知らずのうちに、自分自身を罵倒しています。

そんな私ですが、最近私は、嫌な気分のとき、自分を責めるという行為は、わりと自然な防衛的な動きではないだろうかと考えるようになってきました。

防衛的行動…。

では、自分を責めることで何が守れているのだろう?

私は、必要以上に自分を責めることも、必要以上に他人を責めることも本質的には同じような気がするのです。

【自己否定の合理性】滞ったエネルギーの矛先

自分を責めるという行為は、多分エネルギーの循環に関係しています。

生まれたエネルギーが自然に放出されない時、そのエネルギーは矛先を求めて動き回る。

滞っているエネルギーは、ただ、何かを責めたがるのです

そして、責める対象として一番安全なのが自分、なのでしょう。

エネルギーをうまく放出できればいいのですが・・・。

なかなか、ひとりで自由に自分のエネルギーを放出するのは簡単ではありません。

だから、エネルギーが上手く放出できず、自責の念に苦しみ、追い詰められているときは、自分も他人も責めずに、しかし、何かを責めることも諦めずに、正当に、安全に責められる対象を見つければいいというわけです。

滞っているエネルギーは、とにかく何かを責めたがる。

責める対象・・・。

攻撃対象。

自分や他人の心や身体ではなく、赦される何かを責めることができれば…。

それは、自分を責めるという行為よりも合理的な、エネルギー対処ということになりますね。

【自己否定の合理性】我慢の解消を我慢しない

創るではなく壊す。

受け入れるではなく、責める。

受容のキャパオーバーの解消法は、何かを責めることで、

創造のストレスを緩和するのは、破壊かもしれない。

人は、自分のために、自分以外の何かを責め、壊すことが赦されていいのではないでしょうか。

自分を責めるということは、エネルギーロジック的には合理的だと思います。

他人を責めるよりも、自分を責める方が社会的に安全なのは間違いないからです。

しかし、自分を責めることでエネルギーバランスを保つことにも限界があります。

とはいえ、おさまりのつかないエネルギーが暴れている中で、責める、壊すのを止めようと自分に言い聞かせるのは、あまりにも苦しい。

そうではなく、もっと合理的な対象、方法を探そうってことです。

我慢の解消法を我慢しなくてもいいってことです。

【自己否定の合理性】自分のせいにすることも拒絶できる

うだつの上がらない状況。

不快な感情。

どうにもならない不安。

退屈。

エネルギーは滞り、責める対象を探している。

これ自体は自然なことです。

だけど、それを自分を責めるという形で、自分ばっかりにぶつけるということは、不自然です。

きっと、他に、もっと良い方法があります。

他人のせいにすることを拒絶できるなら、自分のせいにすることも拒絶できるはずなんです。

【自己否定の合理性】踊る先生

むかし、私のカウンセリングの先生から、ある面白い人の話を聞いたのをよく覚えています。

ある小学校の先生が、生徒とのやり取りの中で、思い通りにならないことがあったり、つらいことがあったりすると、わめきながら、踊るように身体をクネクネと動かすというのです。

常識的に考えると明らかにおかしな行為ですよね。

しかし、エネルギーロジック的には理にかなっています。

その踊る先生は、自分を含めたすべての人を傷つけることなく、自分の滞ったエネルギーを解消してしまうのです。

どんな困難にぶち当たっても、踊り狂い、そのたびに落ち着きを取り戻し、自分も他人も決して責めない先生。

多くの人にとても慕われていたと聞きました。

ユニークで、ステキですよね。

ただ、それは、その先生だからこそ、できた方法でしょう。

なかなか、その先生の方法を真似できる人はいないのではないでしょうか。

【自己否定の合理性】自分を責めることに慣れ親しんでいる人へ

もし、自分を責めることに限界を感じているのなら…。

自分を評価することを拒絶してみましょう。

今、頭の中には厳しい自己否定の言葉が溢れ返っていますね?

しかし、自己を評価すること自体を拒絶してしまえば、自己否定はしようがありません。

自分を責めることはできなくなります。

その上で、自分や他人や、自分よりも弱い何かを責める以外の方法で、不満、不安、イライラ、などのエネルギーの滞りを解消する方法を編み出しましょう。

  1. まずは、自分で自分を責めているときの、その言葉をしっかりと自覚すること。
  2. そして、自分を責めるという行為は、滞ったエネルギーを循環させようとしている行為だと知ること。
  3. 自分や他人や自分よりも弱い何かを責めるのを拒絶した上で、エネルギーの滞りを発散する手段をいろいろと試してみること。

何なら責めても大丈夫かな、何なら壊しても咎められないかな?

他人にも、自分にも、世界にも。

【自己否定の合理性】終わりに

いかがだったでしょうか。

自己否定は、滞ったエネルギーが責める対象を自分に固定している動きである、と言えます。

そして、それは、他人に迷惑をかけないための、社会的で合理的な動きである、と言えます。

それを踏まえた上で、もっと上手なエネルギー解消方法を探そう!という内容でした。

世の中、責めても赦されるもの、壊しても赦されるものというものは、なかなかないかもしれません。

しかし、諦めずに、是非、ユニークな方法を探してほしい。

もしかしたら、ちょっとしたことでも良いのかもしれません。

実質、疑似的な責め、疑似的な破壊行為でも良いのかもしれません。

昔、私は、友達がスプラッターものとか、グロ系の映画や漫画を好んでいるという話を聞くと、この人、異常な精神の持ち主かもしれない…という感想を持ったものですが、もしかしたら、その友達は、ただ自分を責めてばかりの私よりも、随分とまともな精神の持ち主だったのかもしれません。

それは、自分の精神を正常に保つための、破壊行為の代替え方だったのでしょう。

長く精神の正常を保ちたければ、たまに異常であれ。

正しい行いを続けたければ、正しくない行いをたまに解放してやれ。

それが、上手に生きるコツなのでしょう。

くれぐれも注意しておきますが、この記事の内容は、犯罪行為、迷惑行為を良しとしているわけではないですよ。

大事なのは、自分も、他人も、自分より弱い何かも、エネルギーの動きも、全部大事にできたらいいよね、ってことです。

 

さて、私なりの、なんか、良い方法あるかなぁ。

今…、夜中、屋外、誰もいないところで、両手に水一杯のジョウロもって、グルグル回りながら、水をまき散らすイメージが浮かんだ。

こういうのだって、私にしてみればある意味、破壊行為なのですよ。

草木の栄養にもなるし、一石二鳥。

 

あなたの健全なる、責め行為、破壊行為が赦されますように。

多感な凡人 黒田明彦

 

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