逆エンパス

逆エンパスの喜び

今回は逆エンパス体質の人が抱える特徴をポジティブにとらえてみようと考えて書いてみました。

逆エンパス体質の人は身体に純粋なエネルギーを宿し、それを周囲に向かって放出しています。

その特徴を活かすことで、感じられる喜びの例を紹介してみます。

興味のある方は読んでみてください。

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逆エンパスの喜び―見つけてあげられる

逆エンパス体質の人は、なかなか他の人には見つけられないものを見つけてあげることができます。それは逆エンパス体質の人にとって喜びにつながります。

不調を見つけ、気遣ってあげられる

逆エンパス体質の人は身体に宿す純粋エネルギーにより、自分の身体の不調に気づくのに上手になることができます。

また常日頃から周囲一帯の不純に敏感であるため、自分だけでなく、他者の体調の変化にも敏感で、よく気づくことができます。

他者の体調の変化に敏感であれば、他者を気遣ってあげることができます。

自分や身近な相手を適切に気遣ってあげられること、そして、それにより自分や身近な相手が、適切な対処をすることができ、それ以上状況が悪くなることを防ぐことができます。

これは逆エンパス体質の人の喜びです。

相手の見えていない相手を見つけ、理解してあげられる

逆エンパス体質の人は、その放出エネルギーが相手の無意識部分に影響を与えていることも関係して、他人の無意識の動きにとても敏感です。

逆エンパス体験ここからは私自身の個人的な逆エンパスにまつわる体験を書いていきたいと思います。 読んでいない方は、まずはこちらからどうぞ。 ...

次第に相手の動きの中から、相手の意識的な動きと無意識的な動きを区別して見ることができるようになります。

相手の無意識的な動きが見えるということは、相手自身が見えていない相手を理解してあげることができるということです。

相手の無意識的な動きを踏まえた上での関りは、上手くいけば相手を落ち着かせてあげることや、相手に見えていない相手を気づかせてあげることもできます。

それは逆エンパス体質の人の喜びです。

場の流れが見え、冷静に状況を判断することができる

逆エンパス体質の人の純粋エネルギーは不純を弾くため、その場の雰囲気や、ある一定の方向へと強く誘導するような流れに巻き込まれにくく、冷静に場の状況を判断することができます。

集団が間違った方向に進まないように、場の雰囲気や空気と距離を置き、独自の意見を発することができるのは、逆エンパス体質の人の強みであり、喜びでもあります。

集団に馴染めない人を見つけてあげられる

逆エンパス体質の人は純粋エネルギーを辺り一帯に放出し、その場一帯をまるで自分かのように感じています。

自分が属す集団に馴染めない人がいる場合は、とても気になりますので、そういう人をいち早く見つけてあげて、どうしたらその人がリラックスできるか、必死に考えてあげることができます。

そしてその人がなんとか集団に馴染めるようになったとき、とても喜びを感じます。

純粋な人を見つけられる

逆エンパス体質の人は非常にユニークな感性をもち、濃い純粋なエネルギーを身にまとっています。

そして、周りの人のエネルギーの薄さに寂しさを感じることもあります。

ですから、稀に似たような濃く、純粋なエネルギーを持つ人に出会うことは大きな喜びです。

純粋なエネルギーを持つ者同士のやりとりは、非常に刺激的です。

お互いに刺激を受け合いながら、グングンと成長していくことができます。

シンプルな暮らしを見つけられる

逆エンパス体質の人の純粋性は、余計な物を好みません。

物理的な豊かさ以上に、精神的な豊かさを喜びます。

暮らしに贅沢は必要なく、最低限のものがあれば満足できます。

率直で自然な、シンプルな暮らしをしていくことは、逆エンパスの喜びです。

逆エンパスの喜び―真実を目指し続ける

逆エンパス体質の人の喜びの大きなところは、その身体に宿した純粋性のままに、真実を追い求めるところにあると思います。

逆エンパス体質の人は、虚偽、希薄、欺瞞、を拒絶し、自分の純粋性が潤されることを常に望んでいます。

多くの人が良いとしているもの、常識的に良いとされているものを良しと思い込まず、自分の身体や、エネルギーが求めるものを純粋に求めていけるとき、逆エンパスは喜びを感じます。

愛を探求できる

恋愛、家族愛、隣人愛、愛にはいろいろな形があり、いろいろな説明がされていますが、逆エンパス体質の人は、それらをなかなか了解できないのではないでしょうか。

逆エンパス体質のような純粋な人は、本当を感じるものにしか満たされないし、満足できないんです。

巷で説明されている愛という概念は、なかなか逆エンパスの純粋性を満たしてくれるものではありません。

それはつまり、まだまだ探求できるということです。

愛というものがわからないということは、愛というものをまだまだいくらでも探求し、発見していくことができるということです。

その探求こそが逆エンパス体質の人の喜びであります。

ビジネスを探求できる

現代社会で生きていくためには、経済活動に参加することは必須です。

現在のビジネスに勝つためにはいくつかのセオリーがあるようです。

それらは成功者から学ぶことができますし、成功の方法を売ってくれる人もたくさんいます。

しかし、そこで逆エンパス体質の人は立ち止まることができます。

「私は何のために勝つのだろう?」

逆エンパス体質の人は身体に宿す純粋エネルギーにより、既存のビジネスにも不純を感じることができます。

そして、純粋なビジネスというものを探求し続けることができるのです。

探求は、苦しみも伴いますが、純粋を追い求める動きは、逆エンパス体質の人の喜びです。

生きるということを探求できる

なんのために生きる?

人間は生きることをやめてはいけないの?

生きる苦しみからは逃れられないの?

逆エンパス体質の人は、その純粋性のままに、安易に「生きるということの意味」を決めてしまわずに、それを検討し続けることができます。

「わかった!」と、「わからなくなった!」を繰り返し、少しずつ、少しずつ生きるという真実に、にじり寄っていくことができます。

満足できない到達点に、満足しなくていいのです。

そうすれば、生きている間中、探求し続けることができる。

それは逆エンパス体質の人の喜びです。

自分を探求できる

逆エンパス体質の人が探求できるものは、愛も、ビジネスも、生きるということも、すべて自分の世界の出来事です。

自分というものをどんどん広げ、拡大していくことで真実は見えてきます。

薄くならないように、濃いままで、純粋なままで、無理なく、自然に拡大していく。

自分を探求するということはそういうことだと思います。

この自分というものの探求は、逆エンパス体質の人にとって無償の喜びであります。

逆エンパスの喜び―エネルギーの放出

逆エンパス体質の人にとって、その純粋エネルギーを遠慮なく放出できるということは喜びであります。

相手に気遣うことなく、ありのままの自分でいられること。

言葉が浮かぶままに声になり、身体が動くままに表現する。

それができているとき、逆エンパス体質の人は喜びを感じます。

エネルギーの放出ー語る

感情、感想、感覚、感性、相手に遠慮することなく、自分のところを言葉にできることは逆エンパス体質の人にとって喜びです。

遠慮なく語ることを難しく感じている逆エンパス体質の人もいるかもしれませんが、語るということはエネルギーの放出に関係が大きいです。

どんどん生み出されるエネルギーは放出できないと調和ができません。

遠慮なく、自由に語れる関係や場所をもつ逆エンパス体質の人は喜びにあふれています。

エネルギーの放出ー踊る

格好つけず、演じず、やらされず、魅せず、考えず、ただ、エネルギーのままに、自由に舞うように踊ることができているとき、逆エンパスは喜びに満ちます。

エネルギーの放出ー歌う

逆エンパス体質の人は、好きなメロディーを好きなように、自由に歌うことができているときは喜びを感じます。

他者との関係に遠慮が必要ないときなら、他者と呼応することもでき、さらにエネルギーがあふれてきます。

エネルギーの放出ー笑う

偽りなく、自然に笑えているとき、逆エンパス体質の人は喜びにあふれています。

プロのお笑い芸人の芸を前にしているときはまた別かもしれませんが、普段の他人とのやりとりで、自然に笑えるかどうかは、相手との関係にかなり依存するようです。

いつでも自然に笑える関係の他者と一緒にいられることは、逆エンパス体質の人にとっては非常に貴重であり、とても喜ばしいことです。

エネルギーの放出ー怒る

逆エンパス体質の人は、おそらく怒ることが苦手で、エネルギーが滞ってしまう人が多いと思いますが、しっかりと怒ることができることも喜びです。

エネルギーの放出はエネルギーの調和に関係があります。

生まれたエネルギーを放出できないと、どんどん苦しくなってしまいます。

相手との関係を壊さないように怒ることができるようになることは、逆エンパス体質の人の大きな喜びでしょう。

エネルギーの放出ー泣く

泣くことはかなりのエネルギーの放出になります。

悲しみという感情には非常に強いエネルギーがあります。

そのエネルギーを自分の中で滞らせてしまうことは、苦しいことです。

しっかりと泣くことができると、悲しみという感情エネルギーは綺麗に放出されます。

浄化という言葉がピッタリとするほどです。

悲しくなったら泣くことができる。

これは逆エンパス体質の人の喜びです。

エネルギーの放出ー楽を知る

楽、は非常に奥深いです。

楽とは、そのままで、ありのままです。

楽とは、自然であり、純粋です。

逆エンパス体質の人は、いや人間は、楽になりたくて、楽になりたくて、生きています。

楽を知り、楽になっていくことは逆エンパス体質人の喜びであり、使命です。

逆エンパスの喜び―より純粋になっていくことができる

逆エンパス体質の人は身体に純粋エネルギーを宿しているため、いつも不純と感じるものを弾きたがってしまいます。

しかし、人間的に成長していくことで、不純と感じるものは変わっていきます。

不純を嫌うその強いエネルギーは変わらずに、ただ嫌わなくてすむものが増えていくのです。

嫌うべき不純が減っていくとき、より純粋になっていくような感覚をもち、喜びを感じます。

それはつまり、不純を嫌う自分自身にもまた、不純を感じているということかもしれませんね。

逆エンパスの喜びー他人を純粋にすることができる

逆エンパス体質の人は身体に純粋エネルギーを宿しています。

その純粋エネルギーは不純なものを弾きたがります。

自分の不純もそうですが、他者の不純にも敏感です。

ですから、他者に不純を感じたとき、他者そのものを弾いてしまわないようにと、緊張しています。

しかし、他者の不純を弾くこと自体には喜びを感じているのです。

他者の不純を弾くということは、他者から不自然な部分が取り除かれ、他者は自然となり、そのままとなり、ありのままになるということです。

逆エンパス体質の人は、そんな他者といることに満足感を感じ、喜びを感じます。

しかし、他者の不純を取り除こうとすることは、ほとんどの場合は上手くいきません。

いたずらに他者の不純を取り除こうと動くと、お互いが傷つくだけの結果になることがほとんどです。

それは、他者にとって、その不純は今、生きていくのに必要なものだからです。

他者にとって今必要なものである、その不純を安全に取り除く方法。

そんな方法が、はたしてあるのでしょうか?

それを探求していくのもまた、逆エンパス体質の人の喜びであります。

逆エンパスの喜びー終わりに

いかがだったでしょうか。

逆エンパス体質の人の喜びは、その身体に宿す純粋エネルギーを否定せず、前向きにとらえることができたときに感じられるようになります。

不純を許せない、弾きたがるということは、他者に干渉しないで、穏やかに暮らしていくことの難しさを表します。

干渉は、不和を生み、拒絶を生みます。

しかし、上手くいけば、他者を自然や楽へと導くこともあるのです。

それは逆エンパス体質の人にとって至上の喜びです。

さまざまな探求を繰り返し、失敗や絶望を繰り返しながら、不和や拒絶の先にあるものに到達できる逆エンパス体質の人だけが、真の喜びに出会っていけるのかもしれませんね。

 

多感な凡人 黒田明彦

 

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