逆エンパス

逆エンパス体験

ここからは私自身の個人的な逆エンパスにまつわる体験を書いていきたいと思います。

読んでいない方は、まずはこちらからどうぞ。

エンパス体質・逆エンパス体質の特徴エンパス体質・逆エンパス体質の特徴、序文 私は、カウンセラーとしての生き方を考えたときに、これまでの人生のなかで、日々、自分を悩ませて...

最初に書きましたが、私はカウンセラーとして独立することを考えたときに、私自身の特質を明らかにしたいという気持ちが強くなり、自分の特徴について情報を探していたところ、逆エンパスという体験の捉え方を見つけ、それが自分の体験にあっていると感じられたのです。

そんな私の体験をできるだけ丁寧に書いていこうと思います。

【逆エンパス診断ツール】あなたは本当はどっち? 共感力の高い体質を持った人をエンパシー、エンパス体質と呼ぶことがあります。また、このエンパス体質によく似た自覚症状をもつ人に、逆...
母親との関係克服~母と他人になるカウンセリング~母親との関係克服~母と他人になるカウンセリング~ 母との関係が苦しい。 母が嫌い。 母のせいで私の人生は滅茶苦茶に...

 

日本で最初の逆エンパス本あります。
https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-

AmazonKindleアプリにて『読み放題』で読めます!

 

電子書籍の読み方はこちらの記事に詳しく紹介されています。
https://www.tabishirube.com/howtoread.html

 

小さなころの逆エンパス体験

単純に小さなころの記憶に戻れば戻るほど、純粋な逆エンパス体験は増えるように思います。それは、湧き出るエネルギーのままに行動的で、活力にあふれていたというビジョンが浮かびます。

周りを巻き込むことにも何の抵抗もなく、思いのままにいられた感じです。

そんな当時の自分が理想的に思えることもあります。湧き出るエネルギーのままに行動し続けること、なんというか綺麗な瑞々しいエネルギーに包まれながら、いろんな人を元気にしていくイメージ。迷いのない屈託のなさ。小さなころならではの自他の区別の曖昧さがあってこそ成立していた感じです。逆エンパス体質を持つ人は、子供時代が一番輝けるんじゃないかと思ってしまうほどです。

大人になってからも、それを自己実現のイメージにもってしまったら大変かもしれません。あれこそ本当の自分の姿だ!などと思い、それを目指したら、イバラの道になりそうです。

【熟練逆エンパスへの道】引っ込み逆エンパスのススメ 意図せずとも自分から純粋なエネルギーが泉のように湧き出て、それが他者の無意識に影響を与え続けてしまうという体質をもつ逆エンパス。...

逆エンパス体験の強烈なブレーキ

自分自身の自我の発達に合わせて、そして、同年代の共に過ごす人たちの自我の発達に合わせて、逆エンパスの体質はしんどくなっていきます。

私を含めた同年代の人たちの自我が発達、複雑化しだし、それを守るために防衛的な動きが増えてくると、私は、どんどんそのままの私ではいられなくなっていきました。

無差別の抵抗と高まる防衛性

逆エンパス体質の人は、泉のようにエネルギーが湧きたっていて、それを周りに向けて常に放出しているイメージです。それは、本人が元気に、活発に活動しているときが特に顕著です。

しかし、そのエネルギーは、周りにいる人の意識にではなく、主に無意識下に影響を与えつづけます

意識に直接影響を与えるわけではないので、多くの人は、逆エンパスから影響を受けているということに気が付きません

大体10人中7人の人が、逆エンパス体質の人のエネルギーの影響をほとんど自覚できないでしょう。エネルギーが濃いときは、さすがにいくらか違和感を感じる人が出てくるかもしれませんが。

大体10人中1人の人が、逆エンパス体質の人のエネルギーの影響を自覚して、なんとなく表明できます

そして、悲しいことに大体10人中2人の人が、逆エンパス体質の人のエネルギーの影響に無差別に抵抗してしまいます

具体的に攻撃的な態度をとる人もいれば、回避的な態度をとる人もいます。無意識下の影響に対する、無意識の抵抗ですので、その行動の意図が本人にもわかっていません。

攻撃的態度でいうと、「おまえ、なんかむかつく」や、「なんか癇に障る」などという因縁のつけかたが代表格です。

回避的な態度でいうと、逆エンパスの人が何か話だすと、ササッと席を立ったり、急にソワソワと別の行動をとったりするパターンがあります。

最初は偶然だと思うのですが、相手の違和感のある反応を繰り返し目撃すると、いつしか自分の言動に対して、その意図とは関係なく、無意識的に反発してくる人がいるのだと、少しずつ理解するようになるのです。(逆エンパスのエネルギーは、何もしなくても出ているようですが、行動や、発言の際には放出される量が増えるようです。)

そこで、基本的に感受性の強い逆エンパスの人がどういう発想になるか・・・?

気を付けようと思うのです。

誰かを不快な思いにしないように気を付けようと思うのです。

そして、どこの誰に影響を与えて、どんな反発がくるかもわからないから、できるだけ引っ込んでいようと思うようになるのです。

7割の人が自分の与えている影響に良くも悪くも無関心で、

2割の人が自分の与えている影響に無差別に抵抗してくるとなると、

私が人に影響を与えるということは良くないことだと感じるようになります。

そして他者の無意識の動きには特に敏感になっていきます。また、その相手の行動が自分の与えた影響によるものかどうかという関心が過剰になっていきます。

自分の身を守るために自然と相手の無意識の動きを分析、洞察する機会が増えていきます。

相手の動きの機微、醸し出す雰囲気から感情を洞察することも上手になっていきます。

相手は、こう感じて、こう動いたのだ、だから私のせいではない。

そうのような正当化を成立させる一方で、常に相手に何かしらの影響を与えているという、うっすらとした感覚もあります。

相手がどう意識して行動しているかは、逆エンパスの安全にはさほど関係ありません。

大事なのは、その人の行動の無意識領域がどれほど広いかの見極めなのです。

相手の無意識に影響を与えてしまう逆エンパスは、相手が意識している行動よりも、相手の無意識的な行動に常に関心を払っている。相手は意識的にどう思っていようとも、無意識に従って行動してくることがあるからである。逆エンパスは、その、相手の意識の乗っていない、相手の管理していない、相手の無意識の行動から身を守らなくてはならないのである。

相手の無意識下に影響を与えてしまう逆エンパスは、相手の無意識の行動に対して、相手以上に詳しくないと自分の身が守れないような感覚を持っているのです。もはや、相手の無意識をこちらで管理しなくてはならないような感覚ですね。

想像してみてください。誰がいつ無差別に攻撃してくるかわからない状況を。しかも、その原因を基本的には自分でまき散らしているという状況を。

逆エンパス体験から、いくつかのエピソードを検証

逆エンパスの代表的なエピソードとしては、気づいたら、教室中の生徒が皆自分と同じことをやっているとか、ガラガラだったお店に、逆エンパスが入った途端、どんどんお客さんが入ってくるというようなものが紹介されているのを見ますが、私はそのような記憶がいくつもあるわけではありません。

思春期を終えたころにはもうすでに自分のエネルギーを抑えこむようになっていた(具体的には自分の感情や情緒の表出をできるだけ避けていた)ので、大人になってからそういうエピソードはほとんど記憶にないです。

たとえば、コンビニで立ち読みをしていて、さぁ、弁当を買って帰ろうと思ったら、丁度その瞬間にレジが長蛇の列。

「えっ、さっきまでそんなに人いなかったじゃない…。」というのは何度もあります。一瞬の違和感は感じますが、たまたま、人が集まったタイミングで私がレジに向かったのだろう、むしろ無意識的に私の方が人の波に引き寄せられたのだろうと自分に言い聞かせるほうが自然でした。あの人だかりを私のエネルギーが呼び寄せたなどという感覚は気味が悪いし、現実的だとは思えません。

逆エンパスを自覚する私ですが、大人になってからの私は、様々な職場で集客に悩む機会がなくなりません。それは、私が知らず知らずのうちに拒絶の波動を身につけてしまっているからなのでしょうか?

逆エンパスは本当にエネルギーが噴水のように溢れているのか

実はあまり、私としては、エネルギーが噴水のように溢れているという実感がなかったんですよね。そもそも働くようになってからは自分自身の疲れやすさを自覚することのほうが多かったですし。逆エンパスとしていろいろ当てはまる特徴はあるけれど、エネルギーが泉のように湧き上がり続けるという感覚には自覚がありませんでした。

ただ、これは最近思い出したことですが、小さなころから、私、ズーっとソワソワしていたんですよね。

小学校の頃は、本当に身体が消耗しすぎて大きな病気になるほど落ち着きなく動き回っていた。あれも、これもやりたがった。そして、良くも悪くも親はそれを全く制限しなかった。

もちろん、自分はADHDなのかな、とも疑ったのですが、注意欠陥性がなかったし、校の机に座って勉強することもまったく苦ではなかった。朝の自習の時間なんて、席につかずに走り回っている他の児童たちに向かって、席つけよ!って怒鳴っている優等生的立場でしたから。ただ、昔から、何もやっていないという状況は苦でしたね。

今思うと、あれは、エネルギーが溢れていたからなのかなぁ…と思えています。

そして、今、強い関心があるのは過剰に動き回っていたという現実よりも、あの強烈なソワソワ感のほうです。

単純に、逆エンパスの湧いてくるエネルギーって身体的なものではなくて、もっぱら精神エネルギーなのかもしれないですね。だから疲れやすさは関係ない。消耗しすぎて病気になるくらいですから。

その強烈なソワソワ感は小さな頃からずっとありましたし、この今もあります。

振り返ると、私はこれまでの人生において、プライベートな時間に、何もしていないということがほとんどなかった。寝る、仕事、ゲーム、動画を見る。それがどれだけ極端であるかを他人と比較できませんが、とにかく間がない。間をつくらない。

そうやって溢れるエネルギーをごまかしていた感はありますね。何かに集中していないとソワソワ感に襲われてしまうという感じです。

このソワソワ感こそ、精神エネルギーが湧いてる感じ、もしくは滞っている感じなのかなと最近になってやっと思い至りました。そして、この年になってやっと、このソワソワをごまかさずに、向き合ってみようかなと思えるようになったのでした。

逆エンパス体験、終わりに

以上が私の逆エンパス体験のコアな部分です。思春期を終えたあたりからは、もっぱら防衛的にならざるを得ませんでしたが、カウンセリングの学習にであい、技術と哲学を身に着けることで大分暮らしはマシになりました。

友人や、恋人など身近な人に自分の感性に追い付いてくれる人がいたら、どんなに幸せだろうと当時は思っていたものですが、短い期間とはいえ、その都度、私に安全を感じさせてくれ、自由に情緒的表現をさせてくれた友人達には本当に感謝しています。

カウンセリングの学習にであい、先生にであってからは、私の感性に追いつくどころか、ずっと先を歩いている人に出会ってしまった感じがあります。

先生ならどう考えるか、先生ならどう動くか、そんなことを思い描きながら生きてきました。いつも先生と共にあった感じです。

しかし、そろそろ自立の時期です。私は先生と同じプロセスで生きていけるわけではありません。すでに現状は先生をお手本にできない状態にあります。なんとも不安で、なんとも頼りないですが、やれることをやれる限りやってみるしかありませんね。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

よろしければ次回記事も続けてお読みください。

 

逆エンパスは、大人になるにつれ、引っ込み逆エンパスになってしまったのでした。

引っ込み逆エンパスの生き方この記事がエンパス・逆エンパス関係の連続記事の3つ目になります。まだご覧になっていない方は、こちらの記事を先にどうぞ。 https...
逆エンパス記事の案内所 多感な凡人、黒田明彦の逆エンパス関係の記事の数が増えてきましたので、このページで整理して紹介します。この記事を見れば、逆エンパス...
【学習者になろう!】 聞かせていただく人になる道学習者とは? 新しい自分に出会っていきたい。 自分の人生の責任を他人に明け渡したくない。 純粋な他者と出会い、触発...
問い合わせ・質問フォーム不明な点、不安な点、質問がある場合は、こちらから遠慮なくお問い合わせください。 問い合わせ、質問お待ちしています。 カウンセ...

Line@では、ブログ更新のお知らせをしたり、新しい学習のお知らせをします!無料カウンセリングのお知らせも定期的に行います!興味のある方はクリック!

友だち追加