カウンセリング

3泊4日のエンカウンターグループでの発見【体験レポート】

今回の記事は私自身が3泊4日のスケールのエンカウンターグループに参加し、発見したことを書いてみました。私はすでに何度もエンカウンターグループに参加している経験がある上、非常に個人的な体験を書いていますので、初心者向けではないかもしれませんが、興味のある方はどうぞ読んでみてください。

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参加したエンカウンターグループの概要

今回私が参加したエンカウンターグループは、東京の会場に20人以上の人が集まって行った非構成型のエンカウンターグループです。

20人ぐらいの参加者に対し世話人は2人。私がずっとお世話になっているカウンセリングの先生のグループですね。

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エンカウンターグループって何?

感受性訓練の一つとも言われるエンカウンターグループですが、基本的には集まった参加者が自分自身を語り、他の人はそれを聞かせていただくというグループです。

今回のエンカウンターグループは、全日本カウンセリング協議会のカウンセリング資格を取得することのできる単位認定も行われますので、そのために参加する人もいます。

しかし基本的には語らせてもらいたい、聞かせていただきたい、学習したい、そして成長したいという方が集まってきます。

この先生のグループには強烈なリピーターが多く、資格の単位取得のためではなく、全国からこの先生に会いに多くの方がいらっしゃっていました。

今回のエンカウンターグループの日程

現在、全国津々浦々で様々な趣向のエンカウンターグループが行われているようですが、なかなか大規模の日程のエンカウンターグループの開催は難しくなっているようです。

昔は7泊8日、8泊9日という規模のエンカウンターグループも存在していたようですが、今は3泊4日のスケールのエンカウンターグループでもかなり頑張っている方だと思います。

3泊4日スケールのエンカウンターグループの日程

2019年5月10日(金)

セッション1 14:00~17:00(間、休憩15分)

休憩

セッション2 18:30~20:30(間、休憩15分)

 

2019年5月11日(土)

セッション3 9:00~12:00(間、休憩15分)

休憩

セッション4 13:30~17:00(間、休憩15分)

休憩

セッション5 18:30~20:30(間、休憩15分)

 

2019年5月12日(日)

セッション6 9:00~12:00(間、休憩15分)

休憩

セッション7 13:30~17:00(間、休憩15分)

休憩

セッション8 18:30~20:30(間、休憩15分)

 

2019年5月13日(月)

セッション9 9:00~12:00(間、休憩15分)

この先生のグループはかなり柔軟な構えで行われていて、途中参加、途中抜けも全部OK。参加の仕方を自由にしていることについては賛否両論あるでしょう。熱心なエンカウンターグループ玄人のなかには、かなり強烈に批判的感想を持つ人もいるのではないでしょうか。

実際、全日程参加している者としては、やはり参加者の出入りが多いと、気遣いや遠慮が増えて、自分の発言の機会のリズムが狂うことはよく感じます。それに、この日程をすべてこなすからこそ得られるものというものも確かにあります。

しかし、ここの先生はそれら全部を分かったうえで、「すべてひっくるめて学習です。」と、静かにはっきりと言い切れる先生なんですね。

単純に参加の仕方を自由にすることで間口を出来るだけ広げたい、多くの人に提供したいという気持ちもあるのだと思いますが、それぞれの立場のそれぞれの学習の仕方を徹底的に応援するスタンスなんですね。

たとえば、学習会の最中に、「人の出入りが多くて集中できない!」と声にする人が現れたら、その人の発言も態度も、しっかりとグループの中で受容され、それ自体がその人にとって本当に貴重な学習の機会になっていくというわけですね。

エンカウンターグループ体験ー私の今回の参加方針

私は、もう何度も何度もエンカウンターグループに参加していますので、参加前に大きな期待をもって参加するという感じではなくなってきましたね。

カウンセリングの学習を始めたころは、自分の成長、変化への強い期待をもって参加し、相応の満足感を得て帰ってくることが多かったですが、今は今の自分を確かめに行く感じというか、何が起こるかわからないけど、とりあえず行こうという感じですね。

何度も参加しているのに、何が起こるかわからないというのが当たり前の感覚になっているところが面白いところですよね。

ただ、今年の冬に参加したエンカウンターグループでガンガン前に出すぎたな…という感覚がありましたので、今回は控えめ、引き位置でもいいかなという発想はふわふわと浮かんでいました。

エンカウンターグループに参加して発見したこと

ここからは今回のエンカウンターグループに参加して発見したことをシンプルに書いていこうと思います。

我慢は疲れる

エンカウンターグループに参加するとグッタリと疲れてしまうという傾向が私にはあるんですが、それはなんとかならないかなぁと思っているところがありました。

長時間のグループワークとはいえ、基本的には座っているだけなのに、あれほどの疲れようはなんなのだろう?と。

今回私は、私の疲れやすさの原因は、我慢にあると仮説を立ててみました。

日常でもそうですし、エンカウンターグループに参加していると特に感じるのですが、人の発言や態度に私は敏感に反応し、多くの人が引っかからないところで引っかかってしまうんですね。

簡単に言うと人の発言や態度を不純であると感じた瞬間にそれを強烈に弾きたくなってしまう。

だけど、そんなことをしたら社会で上手くいかないので瞬間的にグッと抑える。感じたことを、あたかも感じなかったかのように我慢するんですね。

それはおかしい。

それは本当ではない。

それは浅い。

それは薄い。

それは不純だ。

それは気持ち良くない。

それは苦しい。

このような否定的、拒絶的な言葉になるような感情エネルギーが四六時中、バンバカバンバカ湧いてきてしまうんです。

このエネルギーのままに動いてしてしまったら相手はびっくりしてしまう。

また、自分の否定的、拒絶的エネルギーは、相手の否定的、拒絶的エネルギーを生みやすいです。その結果、喧嘩になったり、関係が悪くなったりしてしまうんですね。

そうはなりたくない。だからとにかく我慢する。エネルギーは湧いているのに、それを抑え込まなくてはならない。

これが本当に疲れるようなんですよね。

というわけで前回の冬のエンカウンターグループではできるだけ湧いたエネルギーのままに(拒絶、否定という形になりすぎないよう工夫しながら)できるだけ動いてみたんですが、あまり満足感は高くなかった。

私がセッション中にどんどん前に出るということは、その分他の人の発言の機会を奪ってしまうということにもなりますので、とても後味が悪くなってしまったんですね。

私だけが解放されるのでは満足できないというのが私の厄介なところです。

というわけで、今回はノートを使って自分にどんどん湧いてくる感情エネルギーを処理する方法を試してみました。わりと上手くいったような気がします。

ノート上にエネルギーを放出することで我慢を減らす。結果的に今回はいつもより疲れにくかったような気がしますね。

エネルギー放出、逆エンパスノートのススメ 現在記事作成中

聞いてもらいたい人を聞かせていただく難しさ

今回のエンカウンターグループへの参加で発見できた、大きなひとつがこちらです。カウンセリングの学習が進んでいくと痛い程実感することだと思うのですが…。

カウンセリングとは、端的に言うと相手のところを相手のままに聞かせていただくという関りです。

自分のところを置いておき、相手の言葉のすがたから相手の世界を聞かせていただく。

相手を最大限尊重でき、また自分も巻き込まれて傷ついたりせず、お互いがウインウインになれるような、そんな素敵なコミュニケーションです。

この取り組みは、相手が私にとって聞かせていただきたい対象の時は本当に噛み合います。

対人支援業務の対象者、そもそも自分が感情的に距離を置いてしっかりと相手のための対応をすることが、業務上、役割上必要のある相手。

介護者にとっての被介護者

看護者にとっての被看護者

支援者にとっての被支援者

カウンセラーにとってのクライエント

つまりサービスを提供する相手のときですね。

聞かせていただくという行為は、役割上、自分が責任を持つべき対象である、と割り切れている相手には苦も無く、実力通りにできる。

しかし、これが自分にとって聞いてもらいたい対象になるとガラッと状況が変わるのです。

雇用者、上司、親、先生、恋人、人生の伴侶などなど、立場上、自分の立ち振る舞いに強い影響力を持っている相手だったり、プライベートな相手が対象となると、途端に聞かせていただくという態勢を維持するのが難しくなるのです。

学習した通りに相手のところを聞かせてもらうなんて、全然できない!

自覚はともかく、私たちは、基本的にはいつだって聞いてもらいたがっています。

だから、自分に対して強い影響力を持っている人や、聞いてもらうことを期待できる相手の前では、どうしても聞いてもらいたい身体になってしまうということです。

カウンセリングの学習が深まれば、深まるほど、相手のところを相手のところとして、聞かせていただけない、聞かせていただけないと悩み苦しむものですが、聞いてもらいたい相手には、いかに自分を聞いてもらうかという発想での取り組みの方が合理的ではないか、ということを発見しました。

しかし、そこで、私の先生は言うんです。

「聞いてもらいたい人に、聞いてもらうための一番の近道は、先に相手のところを聞かせていただくことですよ。」

あぁ、もう、大変。

エンカウンターグループの影響―感情の触発―

今回のグループでは、ノートにいろいろグチグチと書きながら、わりとグループを静観している時間が長かったのですが、あらためてエンカウンターグループの大きな影響力のひとつが見えたような気がしました。

それは、感情の触発です。

誰かがつらい体験談を涙になりながら語る。それによって誰かの感情が触発されて、また語りが生まれる。そしてまた他の誰かが触発されて…。

この感情の連鎖がエンカウンターグループの妙であるのだなとあらためて関心しました。

普段私は、人の感情の触発はあまりよろしくないものだととらえています。相手を感情的に巻き込んだり、巻き込まれたりすることは苦しみのもとであると。

もちろんそういう側面があるのは間違いないのですが、一方で、相手の感情に触発されなければ出てこれないような感情もあるのだということに今回の学習で思い至りました。

それは、ドロドロとした感情であることもありますが、日常では決してお目にかかれない、清々しく、神々しく、心地よい、純度100パーセントの純粋な感情であることもあるのです。

どちらにしても、エンカウンターグループという特殊な条件下での、強烈な感情触発力によってこそ、なんとか引き出してもらえる感情というものがある、ということが今回のグループでわりと肯定的に理解できました。これは大きな発見です。

思考の例)

前回のグループで、私があまり我慢することなく動き回っていたら、いつも参加しているけど、極端に発言の少ない人が、それに触発されて怒りの感情をあらわにした。それはとても珍しいことだった。私はそれを良くないことをしてしまったと思った。

今回のグループで、私は静かにしていた。前回私の感情に触発された人は、グループの中でいつも通りほとんど発言をすることなく終わってしまった。前回のあの発言、あの感情表出はあらためてとても珍しいことだったんだと思い至った。感情の触発って悪いことじゃないのかもな…。

独りになれないと苦しいのに、ひとつになりたい

私には渇望がある。

それは、他の人と一体になりたいという渇望である。

おかしなことだと思うだろうが、実は、感覚的にはすでに一体なのである。

他の人と一体になりたいというのは、この感覚的な一体感をより現実化させたいという渇望である。

それは他人に対する強い操作的欲求でもある。

これが苦しい。

人間は、独りになれなければ、

独自的でなければ、

元気にはなれないから。

操作したいのに、操作される相手を思うと苦しい。

人間は独り、独り。

別人でなければ元気になれない。

だけど私は、

私が感じている他者との強烈な一体感をどうにかして現実化させたい。

これが私の苦しみのタネであるということを発見した。

エンカウンターグループ体験、レポートの終わりに

エンカウンターグループの個人的な体験の記録を書いてみました。

参加して思うことは、本当に毎回、思い通り、予想通りの結果にはならないなぁということです。

だからもう、とりあえず、わけもわからずやってみて、あとは何が起こるか任せてみる。

その繰り返しです。

 

期待したら裏切られ、

「もう参加するもんか!」

「行かなきゃよかった!」

だけど、絶望によってまた道が開けたり…。

それでも、学習は続いていくのです。

 

またどこかで、きっとお会いしましょう。

多感な凡人 黒田明彦