光のいのり

逆エンパス

純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意

逆エンパスの純粋_傾聴と共感

日本初めての逆エンパス本

以前、純粋性とは、様々な場面で「私はそうじゃない!」が聞こえてきてしまうこと。

そして、純粋な人とは、聞こえてきた「私はそうじゃない!」のままに声になることができる人、という記事を書かせていただきました。

そして、その記事を読んだカウンセリング学習者の方から、相手のお話を聞かせていただいているとき(カウンセリングのとき)も、「私はそうじゃない!」が聞こえていますか?という非常に興味深い質問があって、嬉しくなってしまったので、今回はそれに答えてみようと思います。

興味のある方は読んでみてください。

【純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意】まずは前提

あまり、長い記事にならないようにしたいなと思いながら、非常に奥深い問題であるため、結論を言う前に、いくつかの前提を書かせてください。

まず1つ。

私たち人間は、それぞれ全く別の経験の世界を生きているということ。これが大前提です。

したがって、相手の話を聞くということは、私とは全く別の、相手の世界を聞かせていただくということになります。

つまり、本気で相手の話を聞きたいのであれば、私の世界と相手の世界をどれだけ厳密に分けることができているか、ということが非常に重要になります。

これは、具体的には私の言葉と、相手の言葉を徹底的に分けるということです。

これは私?これは相手?

逆エンパスと純粋_私と相手

次に、ひとつの質問をしてみます。

私に見えている相手、私に感じられる相手、私が知っている相手、私が理解している相手。

これらは、私、でしょうか?それとも、相手、でしょうか?

・・・

答えは…、

これらは、すべて、です。

私に見えている相手、私に感じられる相手、私が知っている相手、私が理解している相手。

これと、

相手に見えている相手自身、相手に感じられている相手自身、相手が知っている相手自身、相手が理解している相手自身は、

全くの別です。

まずは、これをはっきりと分けることができないと、相手を聞かせていただくということはできません。

それでは、相手に見えている相手自身、相手に感じられている相手自身、相手が知っている相手自身、相手が理解している相手自身を私に直接聞かせてもらえる情報源はどこにあるのでしょうか?

それは、相手が表明した言葉のすがた、ここだけなのです。

だから、相手の世界を聞かせていただくということは、相手の言葉のすがたを聞かせていただくということ、そのものなのです。

【純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意】質問への答え

最初の質問に戻りますが、相手を(相手の言葉のすがたを)聞かせていただいている最中にも、「私はそうじゃない!」は聞こえてくるのでしょうか。

結論から言いますと、必ず聞こえてきます

聞こえてきた「私はそうじゃない!」

これは、もちろん私、です。

相手、ではありません。

これは、相手の言葉を聞いて、相手の仕草や態度を見て、私の印象や感想、つまり、私の世界の言葉が聞こえてきてしまっている状態です。

相手の世界を聞いている最中にわいてきた「私はそうじゃない!」は、相手の世界を聞くことの邪魔になります。

これは間違いありません。

だから、ただ相手の世界を聞かせていただきたいときは、「私はそうじゃない!」がいかに聞こえてこないようにする、という知恵と工夫が必要になるのです。

「私はそうじゃない!」が聞こえないようにする知恵

逆エンパスと純粋_私はそうじゃない

この知恵の1つが、聞かせてもらった相手の言葉のすがたをとにかく一心不乱に自分の声にしてみる、という行為なのです。

相手が声にした言葉のすがたに、とにかくフォーカスを当て、聞かせてもらった言葉のすがたをとにかく自分の声にしてみようと試みているときは「私はそうじゃない!」が聞こえてきにくい

つまり、相手の言葉のすがたを集中して聞こうとし、自分の声にしようとしているときは、「私はそうじゃない!」が聞こえにくいということです。

これは、ただ、必死に聞いているだけじゃ弱いです。

必死に聞いたところを声にしようとするところがミソです。

そうじゃないと、次の瞬間には「私はそうじゃない!」が聞こえてきてしまっている。

それが、私の感覚です。

正味な話、純粋性の高い人ほど、基本的には相手の世界をそのままに聞くことは難しいと思われます。

【純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意】純粋性の高い人は傾聴が苦手

相手(相手の世界・相手の言葉のすがた)を聞かせていただきたいときにも、「私はそうじゃない!」は聞こえてきます。

そして、それは、相手をそのままに聞かせてもらうことの邪魔になる。

だから、カウンセリング学習者の間ではこの「私はそうじゃない!」をいかに封じるかの学習をしていく時期があります。

それは、それで大事なプロセスです。

聞いてもらう立場になればわかりますが、「私はそうじゃない!」が出てこない相手に聞いてもらえることが、どれほどありがたいことか…。

「私はそうじゃない!」が出てこない相手の前では、私たちは本当に自由に、安全に、語り続けることができるのです。

【純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意】純粋な人は共感が得意

あれ?それじゃ、純粋な人じゃないほうが、聞き上手になれるの?

ただ聞くだけならそうかもしれません。

しかし、私は、ただ聞くだけでは、人間が本質的に求めているコミュニケーションの半分しか満たさないと思っています。

ただ、聞く、は肯定であり、理解ではありません

人間は理解を求めている

逆エンパスと純粋_人間は理解を求めている

人間はそれぞれが全く別の世界をたった独りで生きている。

だからこそ、誰かに理解してほしい。

誰かに理解してもらうことに恋い焦がれているんです。

しかし、易々とは理解しあえない。

それぞれの世界は全く別のものである。

これが変えることのできない、厳かなる事実であるからです。

ここで、ロジャーズの有名な発見を紹介します。

もっとも個人的な体験は、もっとも普遍的な体験である。

もっとも個人的な体験。

これを今の私の言葉に言い換えると、有機体的体験です。

私たちは、全く別の経験の世界に生きていても、有機体レベルの体験であれば、全く違う経験の世界の言葉同士でも、理解し合える

これが、真実の共感と言える領域のやりとりであり、人間が求め求めてやまない感覚なのです。

人間が、この真実の共感を求め求めてやまないのは、それぞれが、それぞれの経験の世界をたった独りで生きているからこそです。

そして、この有機体レベルの体験にリーチするのに、「私はそうじゃない!」という感覚の日頃からの錬磨、純粋性が必要なのです。

純粋性は相手の言葉のすがたをそのままに聞かせてもらうことの邪魔になり、相手を有機体レベルで理解する(共感的に理解する)ことに必要になる。

それが、現在の私の純粋性が人間の本質的なコミュニケーションに与える影響の理解です。

【純粋な人は、傾聴が苦手で共感が得意】おわりに

逆エンパスと純粋_おわりに

非常に興味深い質問だったので、嬉しくなって一気に書いてしまいました。

今回の内容は、カウンセリング学習者でなければ、なかなか難解かもしれませんが、

人間はそれぞれが全く別の経験の世界を生きている。

「私はそうじゃない!」は相手の語りを邪魔する。

有機体的体験は、全く別の世界を生きている人間同士でもわかりあえる。

有機体的体験にリーチするには、「私はそうじゃない!」という感覚の錬磨が必要。

この辺りの感覚は、逆エンパスなど、純粋・繊細・敏感ゆえに生きづらさを感じている人にはとても重要な知恵だと思います。

有機体的体験を理解し合う。

私は、これは、人間の本質的な、強烈な欲求なのではないかと最近特に思っています。

なんと言いますか…

すべてが1つだった、あの頃に、ふるさとに還る感じ。

真実の共感とは、そういうレベルのやりとりなのではないでしょうか。

母思うゆえに我あり 黒田明彦

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