感情労働という言葉を知っているでしょうか。米国の社会学者アーリー・ホックシールドが提唱した概念で、顧客などの満足を得るために自分の感情をコントロールし、常に模範的で適切な言葉・表情・態度で応対することを求められる労働のことだそうです。
対人支援職、接客職、営業職などはもちろんのこと、近年はあらゆる職種で感情労働を強いられるケースが増加傾向にあり、メンタルヘルスの不調を引き起こすことも少なくないため、社会問題化しているとのことです。
今回はこの感情労働という概念の本質と、それに対する5つの対策を考えてみました。
感情労働の体験的対策1、感情労働の本質をとらえる
社会、組織の中ではそもそも自由な感情表出が許されているという実感をもって働いていけることは稀だと思います。
誰しも、上司や同僚、部下に対して失礼のない言葉・表情・態度を当たり前のように求められます。社会において私たちは常に感情表出を限定された環境に置かれているということになります。感情労働とは、本質的にはこの感情表出の限定の著しいものである、ということができます。
業務による感情表出の著しい限定
そして、感情労働がメンタルヘルスの大きな不調を招いてしまう理由は、この感情表出の著しい限定の仕方により、感情の抑圧が起こってしまうからです。
自分を脅かす感情を意識から締め出して、意識されないままそれらを保持しているという状態。
意識されず、浄化できない感情を保持し続けると、どんどん心は重くなっていき、知らず知らずのうちに体調は悪くなっていってしまいます。
対人支援職、接客職、営業職などは、対象者に常に模範的で適切な言葉・表情・態度で接することが仕事の中で大事な役割を持っています。
適切な言葉・表情・態度で接するためには、自分の自然な感情表出を抑える必要がありますが、自分の自然な感情の存在そのものを拒否し、見失ってしまわないようにしなければいけません。
私に感情はある。だけど、仕事中は頑張って表出を抑える。←健康
私に感情はない。だから、仕事中に抑える必要もない。←不健康
感情労働の体験的対策2、対象者を心地よくする真心を型から学ぶ
対象者を心地よい、満足する、などの一定な感情に導くのは、対象者を敬愛する労働者の真心であるという教育もあるでしょう。
しかし、労働者は人間です。対象者に対して様々な感情がわくのは自然です。その自分の自然な感情を拒否し、自分のものとして感じられなくなってしまうのは、健康に良くありません。しかし仕事上、対象者に好ましい印象をあたえなければいけません。どうしたら良いのでしょうか?
対象者に好ましい印象を与えるために、好ましい感情を表出しなくてはならないと考えると感情労働になるかもしれません。
しかし、実は対象者に印象を与えるのは、労働者の感情によるものではありません。対象者に印象を与えるのは労働者の表にあらわれた表情であり、言葉遣いであり、声色であり、所作なのです。
確かに表情は感情を模倣するものではありますが、感情がなければ表情をつくれないというわけではありません。
好ましいと言われる感情を強いられるままに、表出しようとするのではなく、実際に成果をあげている先輩や、個人的に尊敬できる先輩を良く観察するなど、自分から情報を集め、対象者に良い印象を与える表情の型、言葉遣いの型、声色の型、所作の型、これらを自分の感情とは結び付けずに理解し、作業的に身につけてしまえば良いのです。
対象者にとって好ましい印象を与える型にしたがって実践していると、不思議なことに、自分の心や感情も対象にとって好ましいものになっていきやすいのです。それは、嘘や演技ではく、自然な感情の動きのままの、まさに真心なのです。
対象者に印象を与えるのは、自分の感情ではなく所作である。
感情は、自分の所作にあったものが自然に生まれやすい。
真心ありきで所作を学ぼうとするのではなく、所作の実践から真心を学ぶ。
感情労働の体験的対策の3、対象者の怒りの感情への対応力を身につける
顧客など、自分の仕事の対象者から、理不尽な怒りの感情をぶつけられてしまうことはあることですね。そのようなときは、瞬間的にこちら側にもいろいろな感情がわいてきてしまうのは自然なことだと思います。
しかしそこで、自分の意識が怒られている自分に向いてしまうと、「なんでこんなことを私が言われなきゃいけないんだ!」という怒りや、落ち込みの感情が増幅してしまいます。
怒っている対象者が目の前にいるときは、怒られている自分ではなく、怒っているその人に意識を向けましょう。
怒りの感情というのは相手を思い通りに動かそうとするためのエネルギーです。相手があなたに向かって怒っている場合は、あなたに強い要望を持っているのです。その要望をしっかりと相手の言葉で聞き取り、出来る対応をしましょう。
もし、そのような場面での対応がマニュアル化されている職場であるなら、普段からマニュアルに目を通し、慌てているときでもマニュアル通りの行動ができるように準備しておきましょう。
感受性が強い人の場合は、他者の感情に敏感であるため、余計に苦しい思いをすることもありますが、抑圧している感情がある人の場合も余計に苦しい思いをすることがあります。他者の感情表出に自分の抑圧している感情が刺激されて、バランスが崩れてしまうのです。抑圧感情の処理にはカウンセリングなど専門家を頼ることをお勧めします。
感情労働の体験的対策4、感情の浄化
感情労働の本質は感情表出の著しい制限です。そして、感情労働が大きなメンタルの不調につながってしまうのは、感情の抑圧が起こってしまうことが原因であると考えます。
感情の抑圧が起こらないようにするためには、自分にわいた感情が表出できなかった場合でも、なかったことにせず、自分のものとして意識的に保持していく必要があります。とはいえ、感情を抱え込んでいることは苦しいことなので、その感情は丁寧に浄化させていきましょう。
感情をないものとしないこと、そして抱えた感情を浄化することが大事!
感情の浄化の一番の方法は直接的な感情の表出です。一般的なストレス解消の行動で、間接的に発散すればよいという発想もわかりますが、その行動が感情の抑圧を助長してしまうこともあります。感情が抑圧されてしまえば、ストレス解消のための行動をとっても結局は何も発散されず、身体の疲れだけが残ってしまうことがあります。
・時と場所を考えて、安心できる人にグチる。
・感情を日記などに書き表す。感情にこだわるためではなく、感情を表し、流していくイメージで感情日記を書いてみる。
・職場、あるいはその他の場でそれぞれの労働者が思いを自由に語り、それが受容されるようなグループワークを実施する。
感情を表出することは大事なことであるというイマジネーションを持ちましょう。あなたにとっても、あなたに感情をぶつけてきた人にとっても。
感情はない→なぜか苦しい→苦しいことに鈍くなる
感情はある→だから苦しい→表出する→とどまらず流れていく→苦しくなくなる
感情の抑圧の一番の原因になるものは環境(主に権威をもつ他者)からの評価的圧力です。素直に自分の感情を表出したときに、それを他者から強く否定されたときに感情の抑圧は起こりやすいのです。身の回りの影響力の強い人が、感情に対する知識を充分にもっていない場合はご注意ください。
感情労働の体験的対策5、人間哲学を深める
お客様という名前の人間はいません。
上司という名前の人間もいません。
ひとりひとりが別の人間であり、別々の感情の世界を生きています。
それぞれの人間の成長の可能性を信じ、そこに敬愛の念をもつことができれば、それぞれの人間の、一日一日の変化を敏感に感じとることができれば、一回一回のやりとりが、一期一会であることを実感できるようになれば、どんな人間との、どんなやりとりも、ありがたく尊いものと感じられることでしょう。
嘘をつかなくても、演じなくても、型通りでなくても、そのままに、どんな相手も尊敬できるような人間になれば、感情労働と呼んでいたものの感じ方も変わってくるかもしれません。
感所労働の体験的対策ー終わりに
感情労働という言葉は新しい言葉であり、各々のとらえかたもまだまだ不安定なのではないかと思います。今回は感情労働の本質は感情表出の著しい制限であり、メンタル不調の原因は感情の抑圧からきていると考えてきました。
感情労働の対策についての記事をここまで読み進めてくれたあなたに私から伝えたい言葉があります。
あなたがそれを望むことは何も間違っていない。
感情表出の制限、そして感情の抑圧は労働関係だけでなく、どのような関係の中でも起こります。家族との間、友人との間、恋人との間・・・。
一度抑圧された感情は、ずっと残ったまま、あなたのそばで待っています。
それは、爆弾のようでもあり、再会を待つ相棒のようなものでもあります。
もし、自分は抑圧している感情に苦しんでいるかもしれないと思える方、是非自分の感情に再会してみたいと思える方は、思い切ってカウンセリングサービスを利用してみるのも手かもしれませんね。