光のいのり

私流「禅」

行動が決まるその瞬間は「無心」だから過去のビジョンも未来のビジョンも役に立たないかも?という話

無心で行動は決まる

どうも黒田明彦です。

引き続き、座禅にはまっています。

私の座禅は、「なにもしないをする」ということですが、なにもしないで、座って目をつぶっていると、ひっきりなしに、過去のビジョンが浮かんだり、未来のビジョンが浮かんで、胸が潰れるほどに心配な気持ちになったりもします。

これって、意味あるんですかね。

今回は、座禅をしているときに浮かんでくるビジョンのことを考えていたら、人間の行動が決まる瞬間は無心である、というところに行きついたという話です。

いつかどこかで先生に聞かせてもらった話のような気もします。

それではどうぞ。

まずはこちらの動画をご覧ください。

人が行動を決める瞬間は「無心」【私流禅】

それでは補足解説をどうぞ。

過去と未来のビジョンに支配されている私

どうもこんにちは、黒田明彦です。

今回も禅体験について語っていこうと思います。

禅体験と言いましても、私にはどこかのお寺で修業した経験があるわけではありません。

ですから自己流に、ただ長い時間座って「何もしないをする」ということをずっと続けているだけです。

しかし、まぁ、これまで私がやってきたカウンセリングの学習と禅の相性は良さそうだ、かなり同じところを指しているところがあるな、というのは感覚的に感じています。

過去のビジョンに支配される私

前回の動画と記事で、自己流に座禅を始めたところ、半分意識を失う、まどろみの中にいるときに、頭の中にゲームの映像とか、動画の映像とかが流れているのを発見したという話を紹介しました。

それで「あ、これは良くないな」と思って、動画を見たり、ゲームをするのをやめたという話です。

これまでの人生、何度か私は動画鑑賞断ち、ゲーム断ちをやってきていますが、なかなか続きませんでした。

今回は座禅と並行していますので、お陰様でなんとか動画鑑賞、ゲームを断つことを継続できています。

動画鑑賞とかゲームをパッタリやめてからは、座禅中、まどろみの中に行っても、そういう映像が流れることはほとんどなくなりました。

さて、それでは、動画やゲームの映像が頭の中に流れなくなったら、今度はどんなものが「なにもしないで座っている」をずっとしていると、見えてきたのか…という話ですが…。

それは過去のビジョンでした。

座っているだけなのに、苦しくなる不思議

何もしないをして、ボケーッと座っていると、何かの拍子に、すぐ過去の思い出みたいなものが、頭の中に浮かび上がってきて、私を支配してしまいます。

本当にいつの間にか、ネットサーフィンするみたいに連鎖的に、過去の映像が頭の中を駆け巡ってしまいます。

もう、座禅をしている時間のうちの半分以上が、過去のいろんなイメージを見ている感じです。

そして、やはり面白いなぁと思うのがですね、

いろんな過去の体験が頭のなかにワーッとやってくると、まるでそのときの自分になったかのように、痛いほど嫌な気持ちになったり、ニヤニヤ笑ってしまったりするわけです。

私はただここで、座って目をつぶっているだけなのに。

不思議ですよね。

過去のビジョンに支配されるの嫌

私は今ここで、ただ座って目をつぶっているだけなのに、頭に思い浮かぶビジョンを見ているだけで、実際に胸が痛くなったり、心が軽くなったり、懐かしくなったり、人間やめたくなったりさえする

それが、本当に不思議だなぁと思うのと同時に、なんかですね…、嫌なんですよね…。

思い出そうとしてもいないのに、いつの間にか頭の中が過去の映像に埋め尽くされ、それに支配されてしまっている。

なんか、嫌なんですよ。

未来のビジョンにも支配される私

座禅中、頭の中に勝手に浮かんでくるものは、過去の映像がとても多いのですが、急激に不安になったり、どうしようもない嫌な気分に襲われてしまうのは、嫌な未来を思い描いてしまったときです。

この先の人生どうなるんだろう…とか。

死についての不安が浮かんできたり…とか。

そういう未来のビジョンが浮かんでしまっているときに、非常に苦しい思いをする。

これもなんか不思議ですし、嫌だなぁって感じがするんですよね。

私はただ、ここで座って目をつぶっているだけなのに、過去の私にもなるし、未来の私にもなってしまう。

そして、それだけで、実際に苦しい思いをしたりする。

もう、現実ってものがよくわからなくなってきますよね。

不毛なビジョン…?

私は、そのとき、お腹も減っていないし、別に身体も痛かったり、痒かったりするわけでもないのに、思い描いたことだけで、辛い気持ちになってしまう。

実際にこわくなったり、苦しくなったり、悲しくなったり、恥ずかしくなったり、居ても立ってもいられなくなったりする。

ただ、頭の中に思い描いただけで、です。

これがとても不思議だし、とても不毛な感じがしてしまうんですよね。

過去・未来のビジョンは現実決定に有用か?

結局そういう過去や未来のビジョンが、時に、頭を駆け巡ってくれることによって、無難な現在を生きることができている、そう考えることもできるかもしれません。

過去の嫌な思い出や、未来の心配が頭に浮かぶことによって、人生において、より安全な選択肢を選ぶことができる。

そんなこともあるのでしょう。

先の事を考えて今の行動を決めるという常識

たとえば、先々のことを考えて、計画的に人生をやっていくなんて発想は、現代的には当たり前の考え方だと思うわけです。

私は、誰に聞いても、「そんなこと当たり前でしょ?」という答えが返ってくるイメージが浮かびます。

先のことを考えて、今の行動を自分で決める。

未来のビジョンがあるということは、自分の身を守るために、非常に大事だというのはよくわかります。

行動は「無心」で決まる

だだ…一方で、

私はこれまでの人生の中で、いろいろと自分で選択をしてきたつもりです。

しかし、より深く自分の行動を振り返ってみると、人生における大事な選択の場面で、自分の意思で考えて「ここだ!」っていうふうに、決めたという実感がないときがあるんですよね。

決めたというよりも、決まっていくというか。

それは、私の思考を超えて決まっていくという感じというか。

飛び越えるという感じというか。

身体が勝手に動くというか。

もちろんそれに至るまで、いろいろ不安やら心配やらが作用して、躊躇しているうちに結果的に選択肢が減っていったことで、最終的に選べた、なんてこともあります。

ただ、なんと言いますかね…。

悩んで、不安になって、心配した時と、結局自分が動けたその瞬間、決定できたその瞬間っていうのは、あまり関係がないのかもしれないなって思うんですよ。

結局何かを始めたり、何かを止めるその瞬間…。

行動が決まるその瞬間っていうのは、ほぼ「無心」なんだよなぁって気がするんですよね。

私は私の計らいを超えてここに居る

たとえば、今私は実家に帰ってきているわけです。

私は過去、本当にいろいろあった結果、実家を飛び出して行きました。

その私が、そのいろいろを踏まえた上で、今ここ、この実家に戻ってきているってことが、振り返ってみると、不思議でしょうがないんですよ。

なんでそんな行動を私はとれたのか?という。

その瞬間が思い出せないんです。

ずっと10何年も住んでいたアパートを解約して、この家にバン!と飛び込んで、戻って来ているということ。

「これ、自分で決めたっけなぁ?」

みたいな感じですね。

よくそんな決断ができたなぁと、今あらためて不思議な感じです。

未来と過去のビジョンを見ることによって、悩み、迷いながら、安全安心の自分の居場所を自分で決めたという感覚がないんです。

結局、行動が決まったその瞬間は、ただ無心だったのでは?

そんな感じなんです。

行動が決まる瞬間はいつも無心なのかも

これやらなきゃ、あれやらなきゃ、あれ嫌だなあ、こうなったら嫌だなぁっていうイメージは常に浮かぶものですが、人間の行動が決まるその瞬間ってのは、いつだって、無心なのかもしれないなぁと思ったわけです。

少なくとも、私は今、未来とか過去のビジョン、それを見ながら、自分で判断して、自分の計らいでここに居るって感じではないのは間違いなさそうです。

自分の計らいを超えて決まったのが、今の私の居場所です。

過去や未来のビジョンは、人生には不要なのかもね

さて、そうなってきますとね…。

何もせずにただ座っている、ただ目をつぶっている今このときに、過去や未来のビジョンが見えることって、やっぱ不毛だよなぁって思ってしまいます。

いくらそれを見ていても、それによって自分の行動が決まるというわけではなさそうだからです

決まるときは、ただ無心で決まります。

まぁそうは言っても、自分の力で、過去の映像とか、未来の心配を呼び出して、見ているわけではありません。

それらも勝手にやってきてしまうものですから。

だから私は、座って目をつぶりながら、ただそれを眺めているだけ。

ただ、座禅をやればやるほどに、私自身「無心」を求めていくというか。

そういう過去とか未来のビジョンに、支配されていないことを好むようにはなってきている感じはしますね。

明日はわかりませんが、少なくとも今日の私はそう思うわけです。

空淡、黒田明彦

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